国民英学会

国民英学会：明治・大正期の英語教育を支えた私塾

国民英学会は、明治時代から大正時代にかけて存在した、英語教育に特化した私塾です。単なる英語学校にとどまらず、旧制中学校から旧制専門学校レベルの教育を提供し、当時の学生たちの進学を支援する予備校としての役割も担っていました。

設立と発展

1888年（明治21年）2月、慶應義塾で英語教師を務めていた米国人のフレデリック・イーストレイクと、同じく慶應義塾出身の英学者である磯辺弥一郎によって、東京市神田区錦町（現在の千代田区神田錦町）に設立されました。

当時の慶應義塾では、医学や英学が重視される一方で、実用的な英語教育は不足していました。その状況を憂慮した磯辺が幹事となり、イーストレイクが教頭として、他に1名の教師を雇い開校に至りました。当初は授業料を徴収せず、月謝も非常に安価に設定し、経済的に苦しい学生のために夜間部も開設。1906年（明治39年）には、別科に数理化受験科を設けるなど、教育内容の拡充にも努めました。

開校からわずか2年で会員数は1700名を超え、1日の出席者も600人を数えるほどの盛況ぶりでした。しかし、経営方針を巡り、イーストレイクが独立を画策し退職を表明。突然の通告に磯辺は困惑し、和田垣謙三、井上十吉らに協力を要請。川田正澂、長沢市蔵、高橋五郎 (翻訳家)らを新たな講師として迎え、運営を継続しました。

特色ある教育と講師陣

国民英学会は、第一高等学校や高等商業学校（東京高等商業学校→東京商科大学）、慶應義塾といった正規の学歴コースに進むことが難しい学生を主な対象としていました。しかし、アーサー・ロイド（慶應義塾大学教授）、斎藤秀三郎（第一高等学校教授）、吉岡哲太郎（理学博士）、内藤明延、岡倉由三郎といった、当時としては非常に高名な英語学者を講師陣に迎え、質の高い講義を提供していたことが特徴です。

分裂と衰退

しかし、1896年（明治29年）に磯辺と対立した斎藤秀三郎が、国民英学会から分離する形で正則英語学校を開校。斎藤自身も教鞭を執る傍ら、上田敏、戸川秋骨といった著名な講師を揃え、国民英学会から多くの学生が流出しました。また、磯辺と別れて独立したイーストレイクも、正則英語学校に合流しました。

1897年には校舎を増築し、米国帰りの北島亘・リリアン夫妻を講師に迎えて会話専修科を新設するなど、新たな試みも行いましたが、正則英語学校の台頭により、国民英学会は徐々に勢いを失っていきました。その後も正則英語学校と並ぶ英語学校として、大正・昭和初期にかけて学問機関としての地位を保ちましたが、1945年頃には活動を停止したとされています。

著名な出身者

国民英学会は、数多くの著名な人材を輩出しました。

村田省蔵 - 政治家、実業家
蒲原有明 - 詩人
幸徳秋水 - 思想家
長谷川如是閑 - ジャーナリスト
杉村楚人冠 - ジャーナリスト
千葉亀雄 - ジャーナリスト
辻潤 - 思想家
福士幸次郎 - 詩人
物集高量 - 国文学者
柳井隆雄 - 脚本家（中退）
谷崎精二 - 作家、英文学者。谷崎潤一郎の弟
鈴木泉三郎 - 劇作家
安藤貫一 - 英文学者
勝俣銓吉郎 - 英文学者
一力健治郎 - 河北新報社創業者
伊藤長次郎 - 実業家、阪神財閥系譜伊藤財閥
* 近松秋江 - 小説家

国民英学会は、明治・大正期の日本において、英語教育の普及と人材育成に大きく貢献した、歴史的に重要な教育機関であったと言えるでしょう。

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