坊津町坊

鹿児島県南さつま市の南端に位置する大字で、「ぼうのつちょうぼう」と読みます。かつては薩摩国河辺郡に属し、坊津村や坊村と呼ばれた時代を経て、近代には西南方村、坊津村、坊津町の一部となりました。2020年10月1日現在の統計によれば、人口は1,254人、世帯数は627世帯となっています。

歴史を刻む港「坊津」

この地の港は古来より「坊津（ぼうのつ）」として知られ、その地形からなる天然の良港として、海運の要衝として繁栄の歴史を重ねてきました。中国の兵法書『武備志』では、安濃津（三重県）、博多津（福岡県）と並んで「日本三津（にほんさんしん）」の一つに数えられ、「日本において三津のうち坊津をすべての道が通る」と記されるほど、広く認知された存在でした。

飛鳥時代には、朝鮮半島からの使者であった日羅（にちら）が寺院を建立したことが地名の由来とも伝えられており、仏教伝来とも関わりがあります。特に奈良時代以降、遣唐使船は朝鮮半島を経由する北路が危険になったことで、坊津を経て東シナ海を渡る南島路が重要な航路となり、坊津は日本の玄関口としての役割を担いました。唐へ渡った普照（ふしょう）・栄叡（えいえい）や、彼らが招いた鑑真（がんじん）がこの地域に上陸した記録も残っています。中世に入ると、坊津は公家である近衛家の荘園となり、海外交易船から「唐物税」を徴収する権益を持っていました。室町時代には日明貿易の遣明船が寄港し、また倭寇（わこう）の活動拠点の一つでもあったとされます。

江戸時代の鎖国政策下にあっても、薩摩藩による密貿易の拠点として賑わいましたが、享保年間の一斉摘発を機に交易は衰退。以降は漁業、特にカツオ漁を中心とする漁村へと変貌していきました。近代には、地元資本による漁業会社が設立され、ブリ漁やカツオ漁が盛んに行われ、日本で初めて発動機付き漁船が導入されるなど、先駆的な取り組みも見られました。また、一時は造船業も営まれ、地域の産業を支えました。

地理と自然

薩摩半島の最南端、東シナ海に面したリアス式海岸地帯に位置しています。この海岸線は美しい景観を作り出しており、国指定の名勝「坊津」を構成する要素の一つです。集落は西側の港がある「坊」地区と、東側の農業地域である「栗野（くりがの）」地区に分かれています。地区内にはかつて小学校が置かれていましたが、現在は近隣の大字に統合移転しています。

南端には坊ノ岬（ぼうのさき）があり、沖合では第二次世界大戦末期に戦艦大和が沈没した「坊ノ岬沖海戦」が発生しました。坊ノ岬灯台は明治時代に建設され、今も海を見守っています。また、周辺には鵜ノ島（うのしま）や双剣石（そうけんせき）など、特徴的な島嶼が点在しています。

一部の地域は鹿児島県立自然公園「坊野間県立自然公園」に含まれており、貴重な自然環境が保護されています。

文化と暮らし

長い歴史の中で培われた文化も豊かに受け継がれています。鎌倉時代の仏教絵画である国指定重要文化財「絹本著色八相涅槃図（けんぽんちゃくしょくはっそうねはんず）」は、坊津歴史資料センター輝津館（きしんかん）に保管されています。

また、古くから伝わる伝統行事として「坊ほぜどん」や「十五夜行事」があります。特に十五夜行事の中で行われる「火とぼし（火見せ）」と呼ばれる風習は、国の重要無形民俗文化財「南薩摩の十五夜行事」の一つに指定されています。これらの行事は地域の豊かな漁業・農業への感謝や無病息災を願う人々の営みと結びついています。

芸術の面では、江戸時代に配流された公家・近衛信輔（このえのぶすけ）がこの地の風景を詠んだ「坊津八景」が知られ、浮世絵師・歌川広重も名勝の一つである「双剣石」を描いています。近代の小説家である梅崎春生（うめざきはるお）も戦時中にこの地に滞在し、作品の舞台としています。

産業としては、かつての漁業や商業が中心でしたが、時代の変化と共に医療・福祉や農業、卸売・小売業などが主な就業分野となっています。古くからのカツオ関連産業も脈々と続いています。

地域内には南さつま市役所の支所や公民館、図書館などの公共施設が置かれ、地域住民の生活を支えています。

近現代の変遷

明治時代の町村制施行により西南方村の大字となりましたが、古くからの地域自治の意識は強く、坊と泊で「坊泊戸主協議会」を組織し、独自の規約のもと地域経済の振興や生活向上に取り組んでいました。

昭和に入ると、村名変更や市町村合併の過程で地域間の議論や対立もありましたが、最終的に西南方村は坊津村、そして坊津町へと改称・町制施行しました。2005年には周辺市町村と合併し、南さつま市の一部となり、大字名も現在の「坊津町坊」に改称されました。

多くの港町と同様、人口は減少傾向にありますが、坊津町坊は歴史的な港湾機能、美しい自然景観、そして受け継がれてきた文化財や伝統行事など、多様な魅力を持つ地域としてその存在感を示しています。

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