外傷初期診療ガイドライン日本版

外傷初期診療ガイドライン（JATEC）とは

外傷初期診療ガイドライン日本版（JATEC）は、救命救急センターなどの救急病院に搬送された外傷患者に対して、迅速かつ適切な初期診療を行うためのガイドラインです。このガイドラインは、外傷病院前救護ガイドライン（JPTEC）と連携し、米国のAdvanced Trauma Life Support（ATLS）を基に、日本版として策定されました。外傷患者の救命率向上を目的としています。

標準化された診療手順

JATECでは、以下の3つの段階に沿って診療が進められます。

1. プライマリー・サーベイ
- ABCDEアプローチに基づき、生命維持に不可欠な生理機能の維持・回復を最優先とします。

2. セカンダリー・サーベイ
- プライマリー・サーベイで生命に関わる問題に対処した後、全身の損傷を系統的に評価します。

3. 根本治療
- プライマリー・サーベイとセカンダリー・サーベイで確認された問題に対して、根本的な治療を施します。

プライマリー・サーベイの詳細

第一印象

患者のそばに寄り、意識レベル、自発呼吸の有無、顔色、主訴、麻痺の有無、末梢循環動態を大まかに観察します。特に意識のある患者には安心させることが重要です。

ABCDEアプローチ

プライマリー・サーベイは、以下のABCDEアプローチに基づいて行われます。

- A：Airway（気道）

- 気道評価・確保と頚椎保護を行います。気道確保を困難にする要素（上顎・下顎骨折、顔面損傷、気道内異物など）に注意が必要です。

- B：Breathing（呼吸）

- 呼吸評価と致命的な胸部外傷の処置を行います。フレイルチェスト、開放性気胸、緊張性気胸、大量血胸など、呼吸を阻害する病態に注意が必要です。

- C：Circulation（循環）

- 循環評価、蘇生、止血を行います。ショック、心タンポナーデ、緊張性気胸に留意し、腹腔内出血や胸腔内液体貯留の検出にはFAST検査が有効です。

- D：Dysfunction of CNS（中枢神経機能障害）

- 生命を脅かす中枢神経障害の評価を行います。意識レベル、瞳孔所見、片麻痺などに注意します。特に、グラスゴー・コーマ・スケールでの評価や、瞳孔不同などの所見がある場合は、速やかに頭部CT検査と脳神経外科医による対処が必要です。

- E：Exposure & Environmental Control（脱衣と体温管理）

- 脱衣による外出血や開放創の有無の観察、および低体温の防止を行います。

この手順は、初療時の優先順位を示していますが、実際には複数の医療従事者が同時にアプローチすることがあります。心肺蘇生におけるABCとの違いは、外傷診療でのABCは「それらを脅かす要素」を意味している点です。

セカンダリー・サーベイの詳細

プライマリー・サーベイが完了し、患者の状態が安定した後に実施します。全身の損傷を系統的に評価します。

病歴聴取

AMPLE（アレルギー、服用薬、既往歴・妊娠、最終の食事、受傷機転や受傷現場の状況）を重視して、病歴聴取を行います。

全身検索

- 頭部・顔面：頭痛、視力低下、複視、聴力障害、咬合障害、眼損傷、鼓膜損傷、頭蓋底骨折、陥没骨折、顔面骨骨折、口腔・鼻腔内損傷などに注意します。

- 頚部：頚椎・頚髄損傷を疑う場合は、頸椎X線3方向撮影を行います。頚部観察中は頚椎カラーを外しますが、それ以外のセカンダリー・サーベイ中は原則として装着します。

- 胸部：視診、聴診、触診、打診に加え、心電図および胸部X線写真を確認します。PATBED2Xの8外傷（肺挫傷、外傷性大動脈破裂、気管気管支破裂、鈍的心損傷、食道損傷、横隔膜破裂、気胸、血胸）に注意します。

- 腹部：腹腔内出血と腹膜炎に注意し、視診、聴診、触診、打診に加え、FAST検査を再度実施します。必要に応じて腹部造影CT検査を行います。

- 骨盤・会陰：骨盤X線単純写真で骨盤骨折を診断し、生殖器、会陰、肛門の診察を行います。直腸診で直腸損傷、腹膜炎、後部尿道損傷に注意します。

- 四肢：骨折や脱臼を疑う場合はX線撮影を行います。動脈損傷に注意し、毛細血管再充満時間や四肢末梢動脈の拍動、知覚運動機能を確認します。コンパートメント症候群にも注意します。

- 背面：ログ・ロール法またはフラット・リフト法で背面を観察します。

- 神経系：GCS合計点が15未満の場合や、頭部CT検査が必要な場合があります。

感染予防

デブリードマン、抗菌剤の予防的投与、破傷風対策を行います。抗菌剤はペニシリンやセファロスポリンが使用され、3日以内の短期投与が原則です。破傷風予防には、破傷風トキソイドや破傷風免疫グロブリンが投与されることがあります。

最終チェック

FIXES（各開口部への指やチューブの確認、輸液路確保、X線検査、心電図、副子）を合言葉に、最終的なチェックを行います。