大平元宝

大平元宝（たいへいげんぽう）とは

大平元宝は、奈良時代の正史『続日本紀』に記録された銀銭です。天平宝字4年（760年）に、銅銭の万年通宝、金銭の開基勝宝とともに発行が定められたとされます。しかし、現在に至るまで実物は発見されておらず、「幻の銀銭」として知られています。

概要

『続日本紀』によれば、大平元宝は淳仁天皇の治世下に発行されました。同書には、発行された貨幣との交換比率も記されており、大平元宝10枚が金銭の開基勝宝1枚分、大平元宝1枚が銅銭の万年通宝10枚分に相当すると定められています。さらに、万年通宝は旧銭である和同開珎10枚分の価値とされました。これらの貨幣発行権は、当時の太政大臣であった藤原仲麻呂に与えられました。

形状は、万年通宝や開基勝宝から類推して、円形方孔の銭貨と考えられています。

現存の確認状況

大平元宝は、発掘調査での発見例が報告されていません。大正時代には某家に、昭和3年には唐招提寺の宝蔵から発見されたという伝承がありますが、現存するのはこれらの拓本のみで、実物は行方不明です。これらの拓本に記された銭文は『続日本紀』の「大平元寳」ではなく「太平元寳」とされており、偽物説も唱えられています。しかし、「大平」も「太平」も共に天下泰平を願う吉語であり、淳仁天皇の治世を祝福する意味合いで使われた可能性もあります。

2004年の文献には、享保20年（1735年）に近衛家の表具師が、修理のために預かった仏画の下軸から2枚の銀銭を発見し、そのうち1枚を近衛公から下賜されたという逸話とともに、その銀銭の写真が掲載されています。この銀銭も「太平元寳」と記されており、重量は1.48匁（約5.55グラム）と開基勝宝の半分程度でした。

黒川古文化研究所には、「寳」字の「貝」内部が「○」になっているなど、8世紀の作とは考え難いものが参考品として所蔵されています。また、遼（契丹）の古銭にも「太平元寳」があり、発見された大平元宝とされる銭貨が遼銭である可能性も指摘されています。さらに、この遼銭を利用した詐欺取引も横行しているため、注意が必要です。

現存が未確認である理由

大平元宝の現存が極めて少ない、あるいは確認されていない理由については、当時、一般には流通していなかったという説が有力です。この説では、大平元宝は、新銅銭（万年通宝）の価値を上げるための「見せ金」に過ぎなかったとされます。具体的には、銀銭である大平元宝1枚を、新銅銭10枚分という有利な交換比率を示すことで、旧銅銭（和同開珎）との交換レートを目立たなくし、新銅銭の価値を高めることを目的としたというものです。

もし、この公定交換率で実際に交換を実施すれば、人々はこぞって万年通宝を大平元宝に交換しようとしたでしょう。そのため、大平元宝の備蓄はすぐに底をつき、万年通宝の流通が滞ることは明らかです。さらに、和同開珎100枚分の価値に相当する大平元宝は、私鋳銭を生み出す可能性も高く、貨幣経済の混乱を招く恐れがありました。こうした事態を避けるため、律令政府は大平元宝を流通させなかったという説があります。

別の説としては、利光三津夫が唱えた、淳仁天皇の廃位に伴い大平元宝が破棄されたのではないかという見解があります。

さらに、2017年には奈良国立博物館列品室長の吉澤悟が、大平元宝が現存しない理由として、藤原仲麻呂の乱を起こして敗死した藤原仲麻呂と、彼に連座して廃位された淳仁天皇の事績を打ち消したい称徳天皇が、大平元宝を回収させ、銀壺に鋳直して東大寺に奉納したとする説を提唱しています。

まとめ

大平元宝は、奈良時代の貨幣制度を語る上で重要な存在ですが、その実態は謎に包まれています。現存が確認されていない理由については、様々な説が提唱されており、今後の研究が待たれます。この幻の銀銭は、古代の貨幣経済や政治情勢を考察する上で、貴重な手がかりを与えてくれると言えるでしょう。

参考文献

青山礼志『新訂 貨幣手帳・日本コインの歴史と収集ガイド』ボナンザ、1982年。
今村啓爾『富本銭と謎の銀銭』小学館、2001年。ISBN 4-09-626124-6。
松村恵司「和同開珎の発行」『日本の美術』第512号 出土銭貨、至文堂、2009年1月10日、ISBN 9784784335121。
永井久美男 編『研究図録シリーズ5 古代銭の実像 -和同から乹元まで-』黒川古文化研究所、2018年。
滝沢武雄『日本の貨幣の歴史』吉川弘文館、1996年。ISBN 978-4-642-06652-5。
矢部倉吉『古銭と紙幣 収集と鑑賞』金園社、2004年10月。ISBN 978-4-321-24607-1。
吉澤悟「正倉院南倉の銀壺について」（PDF）『正倉院紀要』第39号、宮内庁正倉院事務所、2017年3月、1-26頁、ISSN 1343-1137、NAID 40021197649。
皇朝銭研究会 編『皇朝銭収集ガイド -日本の古代貨幣を詳細に解説-』書信館出版、2019年。

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