天国 (ティントレット)

ティントレット作『天国』：壮大なスケールで描かれた天上の光景

『天国』（伊: Il Paradiso, 英: Paradise）は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティントレットが手がけた油彩画の大作です。ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿大評議会の間を飾るこの絵画は、高さ7メートル、横幅22メートルという巨大なキャンバスに描かれ、世界最大級のキャンバス画の一つとして知られています。描かれているのは、パドヴァの守護聖人である聖ユスティナをはじめとする様々な宗教的人物が集う天国の光景です。

作品の特徴

作品の中心には、最高天に向かって開かれた光の道が描かれており、正義の魂が天使の助けを借りて天に昇っていく様子が表現されています。この光の道の中心には、ヴェールで半分覆われた大天使の輝く姿があり、神の恵みが総督に降り注ぐことを象徴しています。また、この絵画には約800人もの人物が詳細に描かれており、その圧倒的な人物の多さも特徴の一つです。イギリスの美術評論家ジョン・ラスキンは、この作品を「現在世界に存在している、いかなる種類の芸術作品の中でも群を抜いて最も貴重な作品」と評しています。

制作の経緯

1577年、ドゥカーレ宮殿の火災によって、それまで大評議会の間を飾っていたグアリエント・ディ・アルポによる14世紀のフレスコ画『聖母戴冠』が損傷しました。このため、ティントレット、パオロ・ヴェロネーゼ、パルマ・イル・ジョーヴァネ、フランチェスコ・バッサーノといった当時の有力な芸術家たちが招かれ、新しい作品を制作するためのコンペティションが開催されました。

コンテストの結果、当初はヴェロネーゼとバッサーノが共同で制作することになりましたが、ヴェロネーゼが制作を開始する前に亡くなったため、ティントレットに制作が委ねられました。ティントレットは2つの習作を提出しましたが、それらは最終的な作品とは異なるものでした。最終的な作品は、ティントレットの工房によって主に彼の息子ドメニコ・ティントレットの指導の下で完成されました。高齢だったティントレットは、巨大なキャンバスに絵を描くという肉体労働をこなすことができなかったためです。

制作は、スクォーラ・デッラ・ミセリコルディアの大きなメインホールでセクションごとに進められました。美術史家のロバート・エコールズとフレデリック・イルチマンは、著書『ティントレット』の中で、ティントレットが「足場を上り下りしてキャンバスに最後の仕上げを施す力がなかったため、その作業をドメニコに引き継いだ」と述べています。

描かれている人物

『天国』には、キリストに執り成す聖母マリアを中心に、様々な聖人や天使が描かれています。聖母マリアは、聖霊の鳩を上に戴き、ケルビムとセラフィムの半円形の列の上に昇る様子が描かれています。また、以前のフレスコ画にあった受胎告知への言及として、百合を差し出す大天使ガブリエルも描かれています。画面中央には、十字架を上に戴く地球儀を持つ裁判官キリストが描かれており、その右側には正義の天秤を持つ大天使ミカエルがいます。

福音書記者たちは主要な場面のすぐ下に半円形に描かれ、聖人たちは教会の連祷に登場するのと同じ順序で並んでいます。キリストの右斜め下には聖ヨハネ、その右には悔い改めるアダムとイブの姿があります。画面左側には、十戒の石板を持つモーセ、ダビデ王とソロモン王、ノアなど旧約聖書の指導者や預言者たちが描かれています。画面右側には、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス、聖アウグスティヌス、聖アンブロジウスの四大教会博士が描かれています。その他にも多くの聖人や殉教者、天使たちが描かれており、その数は約800人にのぼると言われています。

聖母マリアよりもキリストを上位に置く構図は、この絵画の大きな特徴です。また、多くの人物像を描き込むことで、最後の審判を連想させ、評議会の出席者たちに自身の行動と道徳を顧みさせるという役割も担っていました。

来歴と修復

『天国』は、17世紀の画家ヨーゼフ・ハインツ・イル・ジョーヴァネや、18世紀のアントニオ・ディツィアーニがドゥカーレ宮殿の大評議会の間を描いた絵画にも描かれています。この絵画は過去に何度も修復されており、特に1755年のフランチェスコ・フォンテバッソによる塗り直しは大きな批判を浴びました。1982年から1985年には、徹底的な修復が行われました。

コンテスト提出作品

コンテストに提出された各芸術家の習作は、現在もいくつかの美術館に所蔵されています。ヴェロネーゼの作品はリール宮殿美術館、フランチェスコ・バッサーノの作品はエルミタージュ美術館、パルマ・イル・ジョーヴァネの作品はアンブロジアーナ絵画館にあります。ティントレットの習作は2点現存しており、それぞれルーヴル美術館とティッセン＝ボルネミッサ美術館に所蔵されています。ルーヴル美術館のものは最終的な作品と大きく異なり、ティッセン＝ボルネミッサ美術館のものはより完成作に近いとされています。これらの習作の関係については様々な説があります。

まとめ

ティントレットの『天国』は、その巨大なスケール、緻密な描写、そして壮大な構図によって、見る者を圧倒する傑作です。ルネサンス期のヴェネツィア美術を代表するこの作品は、現在もドゥカーレ宮殿でその輝きを放っています。

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