天文遺産

天文遺産とは

天文遺産（Astronomical Heritage）は、国際連合教育科学文化機関（UNESCO）が、国際記念物遺跡会議（ICOMOS）や国際天文学連合（IAU）と協力し、天文学に関連する文化的な資産や環境を保護するために提唱した概念です。2010年と2017年に主題研究が行われていますが、世界遺産のような独自の保護・登録制度は設けられていません。しかし、天文学的な価値を持つさまざまな遺産を保護し、後世に伝えるための国際的な枠組みとして、その重要性が認識されています。

天文遺産の対象

天文遺産の対象となる分野は多岐にわたります。具体的には、以下のようなものが挙げられます。

天文考古学: 古代の天文観測施設や、天文学的な知識が反映された遺跡
暦学: 暦の作成や使用に関わる遺産
時間: 天文時計などの時間計測に関わる遺産
宗教・民俗学・文学的領域: 天文学と関連する文化的空間、環境、信仰
天文台: 歴史的な天文観測施設
宇宙基地: 宇宙開発の歴史を示す施設
天体物理学: 天体物理学に関連する遺産
星空: 光害の少ない美しい星空環境
気象現象: オーロラなどの天体に関連する気象現象

これらの対象は、世界遺産に限らず、生物圏保護区やラムサール条約指定地にも適用されます。また、不動産有形財だけでなく、無形文化遺産（太陽神祭祀など）、天文記録、可動文化財（望遠鏡など）、機械設備のような稼働遺産も含まれます。

天文遺産の経緯

21世紀に入り、ユネスコは科学技術、特に宇宙科学の足跡を顕彰する活動を開始しました。2003年には「テーマ別イニシアチブ 天文学と世界遺産」（AWHI）が立ち上げられ、2004年には「天文の世界遺産とモニュメントに関する専門家会議」が開催されました。その後、2007年には天空景観が世界遺産の対象外とされましたが、2008年に宇宙技術が取り上げられ、ユネスコとIAUの間で覚書が調印されました。2010年には、ICOMOSとIAUによる主題研究の報告書が発表され、天文学的な資産を保護するためのガイドラインが承認されました。

自然遺産としての天文

天体、星空、気象条件は自然遺産に分類され、その評価基準は「最上級の自然現象または類い稀な自然美・美的価値を有する地域を包括する」に該当します。オーロラなどが例として挙げられますが、まだ天文遺産として登録された事例はありません。また、隕石クレーターも、「地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本」として考えられます。

星空保護区と光保護区

ユネスコはMAB計画において、2007年に「星空保護区」を提唱し、試験的に5か所を認定しました。また、国際自然保護連合（IUCN）は、2009年に「ダークスカイ諮問グループ」（DSAG）を発足させ、「光保護区」を制定しています。光保護区は、天体観測に適した場所から、光害抑制に積極的な都市まで、用途や程度に応じて6種類に分類されます。

ダークスカイ保護区

国際ダークスカイ協会は、「ダークスカイ保護区」を認定しており、日本では2018年に西表石垣国立公園が、2020年に神津島村が、2021年には井原市美星町地区が認定されています。

天文遺産の選定基準

天文遺産の選定には、「顕著な普遍的価値」と「真正性」が求められます。また、法的保護根拠などの「完全性」よりも、その本来の目的に沿った「整合性」が重視されます。現在、天文遺産のための評価基準が作成中です。

天文遺産の選定方法

天文遺産の選定は、世界遺産のような申請制度はありません。ICOMOSが既登録世界遺産や暫定リスト掲載物件の中から天文遺産の要素があるものを、IAUが会員の推挙により選出し、ユネスコを交えた専門家会議で審査・承認します。

天文遺産の展望

今後は、ロシアの星の街、バイコヌール宇宙基地、アイゼ・アイジンガーのプラネタリウム、欧州原子核研究機構（CERN）などが天文遺産候補として挙げられています。また、ユネスコでは、記憶遺産として、コペルニクスの著作、イランの占星術教程、ネブラ・ディスク、ランドサット計画の記録などを検討しています。文芸分野では、ハリー・マーティンソンの宇宙詩『アニアラ』が挙げられています。日本においては、文部科学省や内閣府が主導する可能性があり、旧暦2033年問題の考察やスーパーカミオカンデの推薦案が出ています。

天文遺産の課題

天文遺産の課題として、光害、大気汚染、宇宙デブリ、文化的な対立、遺産の商品化などが挙げられます。また、法的保護根拠が求められる可能性や、天空景観の保護範囲を確定する必要性もあります。

天文遺産への取り組み

各国で天文台周辺の屋外照明を規制する条例が制定されています。日本では、1989年に岡山県の旧美星町が光害防止条例を制定し、現在でも国際的に高い評価を受けています。個人レベルでは、灯火管制や自動車使用の制限、モーションセンサーの普及などが推奨されています。

日本天文遺産

日本天文学会は2019年に日本天文遺産制度を創設し、会津藩の日新館天文台跡や藤原定家の『明月記』などを認定しました。その後、キトラ古墳天井壁画、明治20年皆既日食観測地、ミリ波電波望遠鏡、仙台藩天文学器機、臨時緯度観測所眼視天頂儀、商船学校天体観測所なども認定されています。

脚注

本項は、ユネスコのAstronomy and World Heritage Thematic Initiative、IAUのPortal to the Heritage of Astronomy、ドイツ語版WikipediaのLichtschutzgebietを参考に作成しています。

関連項目

天文学史
天文道
宇宙観
Sociology of space（宇宙社会学）
Journal of Astronomical History and Heritage（天文学史と遺産誌）

外部リンク

国際ダークスカイ協会 東京支部
光害対策ガイドライン (PDF) 環境省 平成18年
光害防止制度に係るガイドブック (PDF) 環境省 平成13年

もう一度検索