天理軽便鉄道

天理軽便鉄道：信仰輸送の歴史と終焉

天理軽便鉄道は、かつて奈良県に存在した鉄道事業者です。その路線は、生駒郡法隆寺村興留（現在のJR法隆寺駅前）から山辺郡丹波市町川原城（現在の天理市）を結んでいました。主な目的は、天理教の信者の方々の輸送を担うことにありました。

設立の背景

1911年（明治44年）から天理教では「大正普請」と呼ばれる本部神殿や教祖殿などの建築が始まりました。信者たちは勤労作業のため天理教本部へ向かう必要がありましたが、当時の交通手段では大阪湊町から奈良駅を経由して丹波市駅（天理駅）まで約2時間30分、運賃は51銭と、時間も費用もかかっていました。そのため、法隆寺駅で下車して徒歩で天理教本部へ向かう人も多かったようです。

このような状況から、天理教信者の輸送需要を見込み、杉本久三郎ら9名が発起人となり、法隆寺駅前から丹波市町川原城（天理市）に至る軽便鉄道の敷設免許が1912年（明治45年）1月4日に下付されました。同年11月27日には創立総会が開かれ、資本金25万円で天理軽便鉄道株式会社が設立。戸尾善右衛門が社長、杉本が専務に就任しました。

建設と開業

工事は1913年（大正2年）12月に法隆寺側から開始されました。用地買収では地主の反対もあったものの、土地収用審査会への申し立てなどを経て解決。地形がおおむね平坦であったことや、富雄川、佐保川の架橋工事も順調に進み、1915年（大正4年）1月13日に竣工、2月7日より運輸営業を開始しました。

路線データ
路線距離：9.01 km
軌間：762 mm
複線区間：なし（全線単線）
電化区間：なし（全線非電化）
動力：蒸気

開業後の苦戦と大阪電気軌道による買収

開業当初の成績は芳しくなく、1日平均旅客数は4月、5月が467人、6月が188人と目標を大きく下回りました。その後、旅客数は徐々に増加したものの、小規模な鉄道であるがゆえに発展の余地は限られていました。また、新法隆寺駅の乗降客数の差から、往路は天理軽便鉄道を利用し、復路は丹波市駅から奈良駅を経由して大阪方面へ向かうか、1914年（大正3年）に開通した大阪電気軌道（大軌）を利用して上本町駅へ向かう乗客が多かったようです。

1916年（大正5年）に社長の戸尾が退任。天理軽便鉄道は軽便鉄道補助法に基づく政府補助金を受けながら営業を続けました。

しかし、大軌が西大寺駅（後の大和西大寺駅）から橿原神宮に至る畝傍線（現在の近鉄橿原線）を計画。その路線が天理軽便鉄道の中間部を横断する形となり、経営に大きな影響を与えることが予想されました。そのため、大軌に対し、天理軽便鉄道に対する補償または買収が認可の条件として義務付けられました。

両者の交渉の結果、1920年（大正9年）10月2日、買収金額132,000円、従業員は大軌が引き継ぐこととして譲渡契約が締結。同年12月6日に譲渡が認可され、1921年（大正10年）1月1日より大阪電気軌道天理鉄道線となり、天理軽便鉄道は開業から6年足らずで解散しました。

車両

蒸気機関車：3両
客車：10両
貨車：10両（有蓋車5両、無蓋車5両）

蒸気機関車は、1914年ドイツのオーレンシュタイン・ウント・コッペル社製。車軸配置0-4-0(B)形8.7トン級ウェルタンク機関車(1 - 3)でした。

木製ボギー客車は関西車両製で、定員42人。車内はロングシートで、室内灯は油灯、つり革を備えていました。

運行状況

所要時間は34分。約1時間おきに1日13往復が運転され、繁忙期には15往復に増便されました。時刻は国鉄法隆寺駅での接続を基準に設定されていたため、開業時には新法隆寺駅発23時台の列車も存在しました。天理には大阪湊町から法隆寺での乗り換えを含めても1時間40分から2時間で到着することができました。

駅一覧

1917年（大正6年）3月31日現在、全駅が奈良県に所在していました。

新法隆寺駅には機関庫があり、二階堂駅で上下列車が列車交換を行っていました。

天理軽便鉄道は短命に終わりましたが、天理教信者の輸送に貢献し、現在の近鉄天理線の基礎を築いたという点で、その歴史的意義は大きいと言えるでしょう。

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