安中氏

安中氏（あんなかし）

安中氏は、戦国時代に上野国碓氷郡（現在の群馬県安中市一帯）を本拠とした日本の武家の一つです。安中城や松井田城といった要衝を支配し、激動の時代を生き抜きました。

氏族の起源と上野国への進出

安中氏の明確な起源は詳らかではありません。一部には桓武平氏の流れを汲む平維茂の末裔とする説も存在しますが、これを裏付ける確かな史料は見つかっていません。史料上で安中氏の存在が確認できる最も古い記録は、享徳4年（1455年）頃に記された野田忠持の書状とされています。この史料には、享徳の乱の最中、安中左衛門の治める土地に味方の部隊が布陣したことが記されており、この頃には既に安中氏が碓氷郡に根拠を置いていたことがうかがえます。

安中氏は、古くから碓氷郡に土着していた氏族ではなく、越後国から移り住んできたと考えられています。当初、彼らが移住した地は野尻や松井田と呼ばれていましたが、後に野尻と呼ばれた地が安中と改称されたと伝えられています。ただし、正確な移住時期については諸説あり、近世に成立した史料が長享元年（1487年）とする記述は、前述の享徳の乱当時の史料と矛盾するため、断定は難しい状況です。また、越後のどの地域から移住してきたのかも不明であり、近世史料に見られる新発田からの移住説についても、新発田に安中氏ゆかりの痕跡が見られないことから、故地とするには根拠が薄いとされています。氏族の一員の名が確実な史料に現れるのは、永正4年（1507年）に貫前神社に奉納された兜の前立裏銘にある安中宮内大輔顕繁の記録です。

山内上杉氏への従属と分裂

西上野に勢力を張った安中氏は、当初、平井城を本拠として上野国を支配していた山内上杉氏の有力な配下でした。顕繁の後、安中氏の惣領は安中長繁が継いだとされています。しかし、天文15年（1546年）の川越夜戦で山内上杉氏が北条氏康に大敗し、北条氏の上野国への影響力が拡大すると、安中氏は難しい立場に置かれました。結果として、安中氏は北条氏側に転じる系統と、最後まで山内上杉憲政に従った安中七郎太郎の系統とに分裂することになります。惣領であった長繁が北条方についたとする説と、七郎太郎こそが長繁本人、あるいはその跡を継いだ人物であり、山内上杉憲政の没落に伴って惣領家が交替したとする説があります。七郎太郎の系統は、山内上杉憲政に付き従って越後へ移りましたが、その後の消息は途絶えています。

武田氏の傘下へ

同時期、信濃国では甲斐国の武田氏が勢力を拡大し、北信地域を巡って越後の上杉謙信と激しく対立していました。永禄4年（1561年）の第四次川中島の戦いを経て、武田氏と上杉氏の争いの焦点が上野国に移ると、武田氏は同年中に西上野への本格的な侵攻を開始します。安中城を支配していた安中氏の惣領家は、この時安中重繁が当主であり、箕輪城主の長野業政と連携して上杉方として武田氏に抵抗しました。しかし、翌永禄5年（1562年）9月には武田氏に降伏・服属することとなり、武田家臣の曽根虎長がその取り次ぎ役を務めています。以降、安中氏は武田氏の家臣として、箕輪城攻めなどの合戦に参加しました。

武田氏の配下となった後、安中氏の当主は抗戦時の重繁から子の景繁へと代わりました。永禄11年（1568年）、武田信玄が駿河の今川領へ侵攻した際、武田氏は相模の後北条氏と敵対関係に入ります。後北条氏が越後の上杉氏との間で越相同盟を結ぶ動きを見せたため、西上野は再び緊迫した情勢となり、武田氏と上杉・北条連合勢力の最前線と化しました。安中氏は、この武田領の最前線を守る重要な武将として位置づけられることになります。

その後、北条氏の当主が氏康から氏政に代わり、甲相同盟が修復されたことで西上野の状況は一時的に安定しました。しかし、天正3年（1575年）の長篠の戦いで武田軍が大敗した際、安中氏当主の景繁はこの戦で討ち死にしてしまいます。この敗戦では、安中氏から従軍した兵士の多くが失われたと伝えられています。景繁の後は安中七郎三郎が継承しました。天正6年（1578年）、越後上杉家で御館の乱が発生したことを契機に、武田氏と上杉氏の甲越同盟が成立し、甲相同盟が破綻すると、西上野は再び戦乱の様相を呈します。安中七郎三郎は武田勝頼に仕え、武田氏による上野侵攻の一角を担いました。

安中氏の終焉とその後

天正10年（1582年）、織田・徳川連合軍による甲州征伐により武田家は滅亡します。武田氏に仕えていた安中七郎三郎は、織田家の重臣であった滝川一益に仕え、本能寺の変後の混乱の中で発生した神流川の戦いに参戦しました。戦いに敗れた滝川一益が伊勢へ撤退すると、安中七郎三郎は後北条氏に仕えることとなります。しかし、天正18年（1590年）、豊臣秀吉による小田原征伐により後北条氏は滅亡。安中氏はその支配下にあったため、全ての所領を失い、氏族は各地に散り散りとなりました。

滅亡後、安中姓を名乗る武士の一部が、真田氏や井伊氏といった近世大名に仕官したという伝承があります。また、宗家当主であった景繁の弟にあたる左近忠成（景繁のことか、別系統か不明）の弟、忠基が出羽国へ逃れたとする説が『安中市誌』に記されています。さらに『安中記』によれば、この忠基の嫡男である三郎左衛門が安藤重長に仕え、次男の五郎左衛門が秋元喬知に仕官したと伝えられています。

系譜について

安中氏の系譜については、戦国時代の古文書類に見られる当主の名と、江戸時代以降に編纂された『和田記』や『上野国志』といった近世史料に記された名が大きく異なっており、その正確な繋がりを辿ることは困難です。

戦国期古文書に基づく系譜例: 安中左衛門 ― 安中宮内大輔顕繁 ― 安中宮内少輔長繁 ― 安中越前守重繁 ― 安中左近大夫景繁 ― 安中七郎三郎
『和田記』に見える系譜例: 安中出羽守忠親 ― 安中伊賀守忠清 ― 安中越前守忠正（忠政、春綱） ― 安中左近忠成 ― 安中主計（広盛）

主な一族

安中氏には惣領家以外にもいくつかの系統が存在しました。

安中家繁: 安中氏の庶流で、五郎兵衛と称しました。安中下総守の後継者とも言われ、長篠の戦いの後に惣領家から離れ、後北条氏に従ったとされます。
安中繁勝: 安中氏の一族。刑部助を称しました。安中家繁と連署で、武田信玄への忠誠を示す起請文を信濃国の生島足島神社に奉納しています。
安中丹後守: 源左衛門尉と称しました。当初は山内上杉氏や北条氏照に仕えましたが、後に武田氏に属して板鼻（現在の群馬県安中市板鼻）を領したと伝えられています。

これらの人々もまた、戦国時代の安中氏を構成する重要な一員でした。

参考文献

安中市誌編纂委員会編 『安中市誌』 安中市誌編纂委員会、1964年
安中市市史刊行委員会編 『安中市史』第2巻（通史編）、安中市、2003年
戦国人名辞典編集委員会編 『戦国人名辞典』 吉川弘文館、2006年
* 黒田基樹 『戦国大名と外様国衆』 文献出版、1997年

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