神流川の戦い

神流川の戦い（かんながわのたたかい）は、天正10年6月16日から6月19日にかけて、本能寺の変で織田信長が死去した後、織田方の滝川一益と、関東の覇権を狙う北条氏直・北条氏邦が武蔵国賀美郡周辺で争った戦いです。この戦いは、天正壬午の乱における一連の戦闘の一つであり、戦国時代を通じて関東地方で行われた最大規模の野戦として知られています。

背景

甲州征伐

後北条氏は、天正8年（1580年）頃から織田氏と同盟関係にあり、当主・北条氏直と信長の息女との縁組も間近に迫っていました。当時、信長と敵対していた武田勝頼の正室は、氏直の父である北条氏政の妹にあたります。そのため当初、氏政は親武田路線を模索しましたが、上杉氏の御館の乱における勝頼との対立によって、第二次甲相同盟は破綻しました。その後、北条氏は織田家との同盟に家運を賭け、対武田に備えて大規模な動員態勢を取りました。

天正10年（1582年）2月、信長の嫡男・織田信忠を大将とする織田軍が電撃的に甲斐に侵攻しました（甲州征伐）。北条軍や信長の本隊が進軍する前に武田家はあっけなく崩壊。北条家は、織田家に戦況を窺う記録が残っています。織田家は表面上の友好関係を保ちながらも、戦後の交渉を有利に進めるために情報封鎖を行ったと考えられています。

北条軍は、東海道から駿河方面への進出と、甲州街道から甲斐国郡内、あるいは上野方面への進出という方針を定められず、旧領である駿河東部の武田家の勢力を駆逐するなどの成果を挙げましたが、戦略的には混乱しました。上野方面では、3月12日に北条氏邦が真田昌幸に北条家に降るよう書状を送りましたが、大きな戦果は挙げられず、武田家は滅亡しました。

滝川一益による関東支配

甲州征伐終了後の3月23日、織田信長は重臣・滝川一益に上野一国と信濃の小県郡・佐久郡を与え、織田家に従った関東諸侯をその与力としました。一益は箕輪城、次いで厩橋城を本拠とし、北毛の沼田城に滝川益重、西毛の松井田城に津田秀政、佐久郡の小諸城に道家正栄を配置しました。残る武田領は、河尻秀隆が甲斐一国と諏訪郡、森長可が信濃4郡、毛利長秀が伊奈郡を与えられ、木曾義昌が木曽谷と安曇郡・筑摩郡を安堵されました。北条家の領土は加増されませんでした。

一益は新領地統治にあたり、関東の諸将に対して本領を安堵することを申し渡したため、近隣の諸将は人質を伴い次々と出仕しました。佐野氏の天徳寺宝衍と、倉賀野城主の倉賀野秀景は側近とされ、佐竹義重・宇都宮国綱・里見義頼、更には伊達輝宗・蘆名盛隆と連絡を取りました。しかし、千葉邦胤、武田豊信は出仕を拒否し、古河公方・足利義氏とその家臣・簗田晴助には一益からの連絡自体が行われませんでした。

天正10年（1582年）5月には、一益は諸領主を厩橋城に集め能興行を開催し、北条家も参加しました。滝川家中では北条家の勢力を「南方」と呼び丁重に応対しましたが、一方で一益は祇園城(下野)を元の城主である小山秀綱に返還させるなど、北条側に不利な裁定を下すこともありました。上野が織田直轄領の観を呈し、太田資正・梶原政景親子までもが一益に伺候すると、北条家にも焦りや織田家に対する不信感が芽生えました。

本能寺の変

6月2日、織田信長が本能寺の変によって横死しました。

6月9日、一益にもその報が届き、上野衆に隠密にして上洛することを主張する家臣もいましたが、一益は諸将を集め、信長父子の死去を伝えました。そして、「我等は上方にはせ帰り織田信雄、信孝両公を守り、光秀と一戦して先君の重恩に報いねばならぬ。この機に乗じ一益の首をとって北条に降る手土産にしようと思う者は遠慮なく戦いを仕かけるがよい。それがしは北条勢と決戦を交え、利不利にかかわらず上方に向かうつもりだ。」と述べました。

一方、一益は6月12日付けの書状で、上方の安否を聞いてきた小泉城の富岡秀高に対し、「京都の情勢は、それ(信長死去)以後なんとも聞いてはおりません、別に変わったことはありません、」と書状を送っています。一益が集め真実を告げたのは、上州諸将の内、北条高広など主要な武将のみであったとも考えられます。

沼田城の戦い

藤田信吉が一益に対し反乱を起こし、上杉景勝に通じ、滝川益重の守る沼田城を攻めました。一益が駆けつけると藤田信吉は敗れ去り、越後へ落ち延びました。

北条氏の上野侵攻

本能寺の変は、北条氏にも伝わっており、6月11日、北条氏政は滝川一益に本能寺の情報を伝え、引き続き協調関係を継続する旨を伝えました。しかし北条氏は6月12日には動員令を発動しており、織田信長と信忠の死が確実な状況となると、北条氏直、氏邦が率いる大軍が上野に侵攻しました。一益は、厩橋城に滝川忠征、松井田城に津田秀政と稲田九蔵、小諸城に道家正栄を残し、兵を率いて北条勢を迎え討ちました。

神流川の戦い

6月16日、北条氏直が倉賀野方面に進軍しました。

6月18日、滝川勢が金窪城と川井城を攻め、陥落させました。金窪原で行われた合戦では、滝川勢が北条氏邦の鉢形衆と戦い、多くの死傷者が出ました。しかし最終的には北条方が敗れて追撃を受けました。北条氏直もこの戦いに参加したという記録もあります。

6月19日の合戦では、北条氏直が兵を率い、滝川一益は手勢を率いて戦い、北条氏直の兵が敗走しました。北条氏は弟の北条氏則に兵を与え滝川勢を囲み攻めましたが、滝川一益は敵中に討ち入りました。この為、囲んだ北条方は逆に追い立てられ、多くの死傷者が出ました。しかし兵を立て直した北条氏直が再度滝川勢を攻めると、滝川一益も夕刻には敗走しました。

滝川一益の逃走

滝川一益は倉賀野城を経て厩橋城に退却し、城下の長昌寺において戦死者の供養を行いました。翌日には上州衆の人質を解放し、そして同夜、上州衆を箕輪城に集め別れの酒宴を開きました。一益は太刀、長刀、金銀等を上州勢に与え、深夜に箕輪城を旅立ちました。

その後、滝川一益は小諸城に着陣し、佐久郡・小県郡の国衆の人質を木曾義昌に引き渡すことにより木曽谷の通過の容認を得て、小諸城を立ちました。木曽谷を通過し織田家の領国である美濃に入ると、尾張の清洲にて三法師に拝礼し、伊勢長島に帰還しました。

影響

北条氏

勝利した北条氏は、滝川一益を追う形で佐久郡の諸豪を臣従させ、真田昌幸が誼を通じ、小諸城まで進出、信濃も半ば手中するかに見えましたが、上杉景勝と対峙することになりました。甲斐を徳川家康が抑えており、三つ巴の対立（天正壬午の乱）へと発展していきました。

滝川氏

敗れた一益は清洲会議に出席出来ず、織田家における地位は急落しました。その後、織田信孝、柴田勝家に与して羽柴秀吉と激突しますが敗れ、所領を全て没収されました。小牧・長久手の戦いが始まると、今度は秀吉方として蟹江城を攻略しますが遂には敗れ、伊勢に逃れました。しかしこの功により秀吉から所領を与えられ大名に返り咲きました。滝川一益は病死しました。

関東衆

滝川方の諸将は、北条氏に降りました。富岡秀高は神流川の戦いにはどちらにも参陣しなかった為、北条氏直より不信を買っています。

その後、北条高広、真田昌幸は上杉景勝と結び、由良国繁、長尾顕長は佐竹義重・宇都宮国綱・佐野宗綱と結び、それぞれ北条氏から離反しますが真田昌幸を除いて皆敗れ、北条氏に再度降りました。小田原征伐において、真田氏以外の諸将は北条傘下であった為、真田昌幸、佐野房綱（天徳寺宝衍）、由良国繁を除く諸氏は皆没落しました。

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