定額寺

定額寺とは

定額寺（じょうがくじ）とは、奈良・平安時代に、朝廷から官寺に準じる扱いを受けた私寺のことです。官大寺や国分寺に次ぐ寺格を有し、仏教寺院の中でも特別な地位を占めていました。しかし、その定義や具体的な実態については、様々な説があり、いまだ明確な結論は出ていません。

定額寺の定義をめぐる諸説

「定額」という言葉が何を意味するのかについて、以下の5つの説が提唱されています。しかし、いずれの説も決定的な根拠に欠け、反論も存在するため、定説とはなっていません。

1. 一定数に限定された寺院説:
律令における「定額」が“定数”を意味することから、寺院数が限定されていたとする説です。しかし、定数に関する記録がないことや、時代が下っても定額寺が増えていることから、反論があります。
2. 一定量の物資支給を受けた寺院説:
国家から物資の支給を受け、経済的な基盤を得たとする説です。しかし、その支給内容が寺田からの収穫なのか、直接的な物資なのかは不明確です。
3. 一定数の官僧が派遣された寺院説:
国家から官僧が派遣され、寺の荒廃を防ぎ、国家的な法会を円滑に進めることができたとする説です。しかし、実際に定額僧が派遣された寺院は少数です。
4. 寺号と額を授与された寺院説:
国家が寺号を定め、その寺名が書かれた額を授与されたとする説です。しかし、寺額が授与された事実が確認できる寺院は限られています。
5. 国家が存立を承認した寺院説:
国家が寺院の存在を承認し、寺号を与えたとする説です。しかし、この説では官大寺や国分寺以外の官寺全てが定額寺となってしまい、定額寺の特殊性が失われるという反論があります。

定額寺の歴史的展開

定額寺の実態把握が難しい背景には、その定義が明確でないという問題があります。寺号と関連付ける見解によれば、天武天皇8年（679年）の寺号制定に起源を求めることができ、霊亀2年（716年）の寺院整理令には「寺家が争って題額を求めた」という記述があります。

「定額寺」という言葉が初めて登場するのは、『続日本紀』の天平勝宝元年（749年）の記事です。この頃、寺院に対する墾田地の制限が定められ、「定額寺は寺別に100町」とされています。その後、六国史などの記録にも定額寺に関する記述が見られるようになります。

定額寺の多くは、皇族や貴族、豪族が建立した私寺でした。私寺に対する規制が強化された延暦年間以降、定額寺に列する寺院が急増しました。これは、私寺が国家の統制を逃れるために、官寺への編入を申請した結果と考えられます。ただし、定額寺となった後も、建立者である檀越と寺院の関係が完全に断たれたわけではありませんでした。

定額寺の制度

定額寺になると、寺院によって違いはあるものの、基本的には、国司や講師（国分寺の僧侶の長）から修理料や燈分料が与えられ、修造の義務、定額僧や年分度者の配置に対する便宜が図られました。しかし一方で、寺院側には資財帳の作成や国司などによる検校処分を受ける義務が課せられました。さらに、寺内の人事権も掌握されるなど、寺院や檀越は厳しい統制を受けました。

しかし、律令制が弛緩すると、仏教統制の法制は形骸化し、修理料や燈分料の規定も空文化しました。このため、統制を嫌って定額寺の格式を返上する寺院も現れました。一方、天皇などが建てる寺院を、私寺建立禁止の規定に抵触しないように、あらかじめ定額寺として建立する例も見られるようになりました。こうした定額寺はやがて御願寺の原型となりました。

正暦元年（990年）に尋禅が建てた延暦寺妙香院が定額寺の指定を受けたのを最後に、定額寺はその歴史から姿を消します。ただし、延慶元年（1308年）には、北条貞時の申請によって臨済宗の円覚寺と建長寺が定額寺とされています。

まとめ

定額寺は、奈良・平安時代における仏教寺院のあり方を考える上で重要な存在です。その定義や実態は未解明な部分も多く残されていますが、国家による保護と統制、そして時代による変遷の中で、独自の役割を果たしたことがわかります。

参考文献

中井真孝「定額寺」（『国史大辞典 7』吉川弘文館、1986年）
西口順子「定額寺」（『日本史大事典 3』平凡社、1993年）
勝浦令子「定額寺」（『日本歴史大事典 2』小学館、2000年）
志麻克史「定額寺」（上田正昭 監修・編『日本古代史大辞典』大和書房、2006年）

関連項目

* 私寺

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