北岳

北岳：南アルプスの盟主

北岳（きただけ）は、山梨県南アルプス市に位置する標高3193mの山です。赤石山脈（南アルプス）の北部に位置し、富士山に次いで日本で2番目に高い山として知られています。火山ではない山としては日本で最も高く、その雄大な姿から「南アルプスの盟主」とも呼ばれています。日本百名山、新・花の百名山、山梨百名山にも選定されており、多くの登山者や自然愛好家を魅了しています。

概要

北岳は、その標高の高さだけでなく、独特の地形や豊富な高山植物でも知られています。間ノ岳、農鳥岳とともに白峰三山を構成しており、これらの山々を結ぶ稜線は「天上の散歩道」と称される美しい景観が広がります。また、野呂川の源流であり、山体全体が山梨県内に位置しています。山体の東側には北岳バットレスと呼ばれる岩壁があり、ロッククライミングの対象としても有名です。地質は古生層の堆積岩から成り、多様な岩石が複雑な地形を形成しています。

人間史

古くから、北岳、間ノ岳、農鳥岳一帯は「白い雪をかむった山」という意味で白根山または白峰山と呼ばれていました。平安時代の歌集にもその名が登場し、人々に親しまれてきたことが伺えます。江戸時代には、白峰山の中で最も北に位置する山として「北岳」と呼ばれるようになりました。現在では、それぞれの峰が独立した山として扱われていますが、三つの峰を合わせて白峰三山と呼ぶこともあります。また、江戸時代の絵図にも、富士山や八ヶ岳と並び、神聖な山として描かれていました。1964年には、赤石山脈の大部分が南アルプス国立公園に指定され、北岳もその一部として保護されています。1980年には南アルプススーパー林道が開通し、登山や観光でのアクセスが向上しました。2004年には、国土地理院によって山頂の標高が3193mに改定されています。

登山史・登攀史

1871年に修験者の名取直江が初登頂し、北岳開山の祖とされています。その後、多くの登山家が北岳を目指し、1902年にはイギリス人宣教師ウォルター・ウェストンが登頂しました。1908年には、日本山岳会初代会長の小島烏水が登頂し、山頂に古い石祠を発見しています。積雪期の初登頂は1925年に京都三高山岳部のメンバーによって成し遂げられました。北岳バットレスの初登攀は1927年に行われ、その後、多くのクライマーが挑戦しています。特に積雪期のバットレス登攀は難易度が高く、1958年まで未踏のルートが残されていました。1962年には林道が開通し、登山者が増加しました。1924年には登山者のための山小屋が建てられ、1978年には北岳山荘が建設されました。また、第126代天皇徳仁も1987年に北岳に登頂しています。

地理

北岳は、赤石山脈の北部に位置し、白根山系の北端を形成しています。南には間ノ岳、農鳥岳などの山々が連なり、東には池山吊尾根、北には小太郎尾根が伸びています。山体は、中生代の堆積岩からなる四万十層群に属し、山頂付近は石灰岩やチャートなどの混合岩石層によって構成されています。これらの岩石は硬く、侵食に強いため、赤石山脈では珍しい鋭い峰を形成しています。一方、小太郎尾根は泥岩や砂岩によって構成され、なだらかな地形となっています。地形の特徴として、褶曲構造が多く見られる一方、間ノ岳では圏谷（カール）がみられます。

周辺の山

北岳の周辺には、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ヶ岳など、数多くの名峰が連なっています。これらの山々は、南アルプスの豊かな自然を構成する重要な要素となっています。北岳はこれらの山々との位置関係から、南アルプスの主要な山々を眺める絶好のポイントとなっています。

北岳バットレス

北岳の東斜面には、高さ約600mの岩壁である北岳バットレスがあります。ここは、20世紀初頭に小島烏水によって命名され、戦前からアルパイン・クライミングのルートとして多くの登山家に利用されてきました。しかし、2010年に大規模な崩落が発生し、現在では登攀が禁止されています。

源流の河川

北岳は、野呂川と荒川の源流となっています。野呂川は北岳を取り囲むように流れ、その支流である左俣沢と大樺沢は、北岳の山体を削っています。左俣沢には落差10m程の左俣大滝があります。また、荒川の源流は西農鳥岳ですが、北岳南側の北沢も荒川に流れ込んでいます。山梨県道37号線は、野呂川沿いに広河原まで延び、そこから林道が北沢峠方面へ続いています。

動植物

北岳を含む赤石山脈は、降水量が多く、森林限界まで針葉樹林に覆われています。森林限界の下部にはダケカンバやカラマツが多く、山頂付近にはハイマツやコケモモが見られます。特に有名なのが、山頂直下の石灰岩地帯に咲く固有種のキタダケソウです。その他にも、キタダケトリカブト、キタダケキンポウゲなど多くの固有種が自生しています。また、タカネマンテマなど、絶滅が危惧されている高山植物も存在します。

登山道周辺の高山植物

登山道周辺には、様々な高山植物が分布しています。

大樺沢周辺：ウラジロナナカマド、エンレイソウ、クルマユリなど。
八本歯のコル周辺：イワハゼ、シロバナタカネビランジ、ミヤマキンバイなど。
山頂周辺：イブキジャコウソウ、イワウメ、キタダケソウ、タカネマンテマなど。
小太郎尾根から草すべり一帯：イブキトラノオ、アオノツガザクラ、ミヤマキンポウゲなど。

「キタダケ」を冠する和名の種のレッドリスト

北岳には、10種以上の「キタダケ」を冠する固有種が生息しており、その多くが環境省や山梨県のレッドリストに指定されています。

絶滅危惧IA類（CR）：キタダケイチゴツナギ、キタダケキンポウゲ、キタダケデンダ、キタダケトリカブトなど
絶滅危惧IB類（EN）：キタダケカニツリ、キタダケナズナ、キタダケソウなど
絶滅危惧II類（VU）：キタダケソウ、キタダケトラノオ
準絶滅危惧（NT）：キタダケオドリコソウ

ニホンジカによる食害調査報告

近年、ニホンジカによる高山植物の食害が問題となっており、山梨県が調査を行っています。特に、草すべり上部で獣道が多く見られることが報告されています。環境省も保全対策を講じていますが、効果的な対策が求められています。

北岳の動物

稜線上のハイマツ帯には、ライチョウ、ホシガラス、イワヒバリなどが生息しています。山腹には特別天然記念物のニホンカモシカが生息しており、ホンドオコジョも岩の隙間を住処としています。ニホンザルも高山帯に進出し、食害を引き起こしています。

登山

北岳は、多くの登山者に人気の山であり、山頂直下には2つの山小屋があります。また、高山植物が豊富で、夏には100種類以上の花を見ることができます。登山ルートも多様で、初心者から上級者まで楽しむことができます。

登山コース

広河原からのコース

大樺沢経由：大樺沢を登り、八本歯のコルを経て山頂へ至るルート。雪渓歩きや北岳バットレスの展望が楽しめます。
小太郎尾根経由：白根御池小屋を経由し、小太郎尾根を登って山頂へ至るルート。急な「草すべり」が特徴的です。

両俣からのコース

野呂川出合から両俣小屋を経由し、左俣大滝から中白峰沢ノ頭を経て山頂へ至るルート。利用者は少ないですが、静かな山行を楽しめます。

池山吊尾根からのコース

バリエーションルートとして、池山吊尾根から山頂を目指すルートがありますが、一般向けではありません。冬季にはこのルートが一般路となります。

白峰三山縦走のコース

北岳から間ノ岳、農鳥岳を経由し、奈良田温泉に至る縦走ルートです。南アルプスの雄大な景色を満喫できます。

北岳バットレス（登攀ルート）

広河原から大樺沢を経由し、バットレスを登攀するルートです。現在は崩落のため禁止されています。

山小屋

北岳周辺には複数の山小屋があり、登山シーズン中は多くの登山者で賑わいます。水は山小屋で入手するか、水場を利用することができます。主な山小屋としては、北岳山荘、北岳肩ノ小屋、白根御池小屋、両俣小屋などがあります。

交通・アクセス

北岳の最寄りの登山口である広河原へは、マイカー規制が行われているため、夜叉神峠や戸台からの市営バスを利用する必要があります。夏山シーズン中は、多くの登山者がバスを利用しています。

北岳が取り扱われた作品

芸術・文学

前田普羅の俳句、白簱史朗の写真集、深田久弥の『日本百名山』、田中澄江の『新・花の百名山』など、多くの芸術作品や文学作品に北岳が登場しています。
推理小説『北岳殺意の岩壁』、小説『マークスの山』など、物語の舞台にもなっています。

テレビ番組

NHKで『日本百名山北岳』や『花の百名山北岳キタダケソウ』など、北岳を紹介する番組が多数放送されています。

楽曲

細川たかしが『北岳』という楽曲を発表しています。

日本第二位の高峰として

北岳は、日本で2番目に高い山であることから、様々な比喩表現に使われています。しかし、富士山との知名度の差から、ネガティブな意味で使われることもあります。また、北岳は周辺の山に囲まれているため、市街地から見えにくいという特徴もあります。

脚注

注釈

出典

参考文献

北山真『フリークライミング日本100岩場3伊豆・甲信編増補改訂版』
小泉武栄、塚本治広・大森薫雄著『登山と自然の科学Q&A』
中西俊明『北岳を歩く』、『北岳』
中村成勝編『日本雪山登山ルート集』
名取俊樹「南アルプス北岳のキタダケソウの生育に及ぼす地球温暖化の影響」
服部寛之「特集北岳」
南アルプス総合学術検討委員会『南アルプス学術総論』
山と溪谷社編『日本の山1000』

外部リンク

北岳 - 山梨県南アルプス市 -自然と文化が調和した幸せ創造都市-
北岳の登山天気（日本気象協会）
* 地図閲覧サービス（北岳）（国土地理院）

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