市川中車 (8代目)

八代目 市川中車：歌舞伎と映画を彩った名優

八代目市川中車は、1896年（明治29年）11月生まれ、1971年（昭和46年）6月没の歌舞伎役者、映画俳優です。屋号は立花屋、俳名は中車、本名は喜熨斗倭貞でした。歌舞伎名跡「市川八百蔵」を襲名した8人のうち、全員が「中車」を名跡または俳名に用いていますが、日本映画界において「八百蔵」「中車」といえば、一般的にこの八代目市川中車を指します。

初舞台から歌舞伎界へ

初代市川猿之助の次男として東京で生まれた彼は、兄に二代目市川猿之助がいます。1913年（大正2年）、17歳で歌舞伎座『象引』にて「市川松尾」として初舞台を踏みます。しかし、教育熱心だった父の影響で旧制京華商業学校に進学、卒業という、当時の梨園では稀な経歴の持ち主でした。

1916年（大正5年）、七代目市川八百蔵の養子となり、立花屋を継ぎます。立花屋は、市川宗家を支える番頭格の家系で、実家の澤瀉屋とは、かつては立花屋が古参、澤瀉屋が新参という関係でしたが、当時までにその立場は逆転していました。

養父である七代目市川八百蔵は還暦を機に、長年使っていた俳名「中車」を名跡とし、1918年（大正7年）10月、八代目市川八百蔵を襲名しました。この襲名公演は歌舞伎座『随市川鳴神曾我』でした。

映画界での活躍

歌舞伎のみならず、映画界でも活躍しました。1925年（大正14年）には、牧野省三、衣笠貞之助監督の『天一坊と伊賀亮』に出演、続く沼田紅緑監督の『切られの与三郎』では主演を務めるなど、早くから映画にも進出しています。

1953年（昭和28年）、歌舞伎座『太閤記』の光秀役で八代目市川中車を襲名。その後も精力的に活動を続け、1959年（昭和34年）には芸術選奨を受賞しています。1961年（昭和36年）には、八代目松本幸四郎と共に東宝に入社しました。

映画、テレビドラマでの代表作

映画では、『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』（1962年）や『雪之丞変化』（1963年）、『侍』（1965年）、『待ち伏せ』（1970年）などに出演。特に『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』では、吉良上野介役を演じ、その巧みな演技で高い評価を得ました。また、テレビドラマでは、『大忠臣蔵』（1971年）でも吉良上野介を演じ、晩年の代表作となりました。

他のテレビドラマ出演作には、『お好み日曜座「人情紙風船」』（1958年、NHK）、『松本清張シリーズ・黒い断層「坂道の家」』（1960年、KRT）、『日立ファミリーステージ』（1962年、TBS）、『新・のれん太平記』（1965年、CX）、『青春とはなんだ』（1966年、NTV）、『五人の野武士』（1969年、NTV）、『鬼平犯科帳』（1969年、NET/東宝）などがあります。

芸風と晩年

中車は立役でも脇役を多く演じ、苦みのある容貌と存在感で観客を魅了しました。『三人吉三廓初買』の伝吉、『与話情浮名横櫛』（切られ与三）の蝙蝠安、『仮名手本忠臣蔵』の高師直などは当たり役でした。

1968年（昭和43年）には勲四等瑞宝章を受章。最後の舞台は1971年（昭和46年）6月、国立劇場『梅雨小袖昔八丈』でした。しかし、その20日後、自宅で急逝。享年74歳でした。当時放映中だった『大忠臣蔵』では、弟の二代目市川小太夫が急遽代役を務めました。

七代目と同じ青山霊園に眠る彼の功績は、歌舞伎、映画、テレビドラマを通して、今もなお語り継がれています。彼の娘は、2012年にNHKの『ファミリーヒストリー』で、母らとともに紹介されました。

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