常平倉

常平倉（じょうへいそう）

常平倉とは、中国・朝鮮、そして日本といった東アジアの国々で古くから用いられた、官が管理する穀物備蓄庫を指します。その主要な目的は、穀物価格の激しい変動を抑制し、平準化を図ること、そして食糧不足に直面した民衆、特に飢饉に見舞われた人々に穀物を分け与え、窮状を救済することにありました。この制度名にある「常平」は、「穀物の価格を常に安定させる」という意味合いを持ちます。具体的には、市場価格が下落して農民が困窮する時期に、官が相場よりもやや高い価格で穀物を買い上げ、逆に価格が高騰して民衆が苦しむ時期に、相場よりも安い価格で売り出すことで、市場価格を平準化し、民衆の生活を安定させる一種の経済政策でした。このような考え方の起源は非常に古く、中国の管子や李悝（りかい）の時代にまで遡るとされています。

中国における展開

中国では、「常平」という名称を持つ倉庫自体は漢の宣帝の時代（紀元前54年）に設置された記録がありますが、これは主に軍事用の食糧貯蔵庫であったとされます。実際に、豊作と凶作、あるいは地域間の穀物の過不足を調整する目的で設置された常平倉の制度は、晋の時代（268年）に始まったと考えられています。南朝においては、常平倉は米価の暴落を防ぎ、地方の有力者の利益を守る側面が強かったのに対し、北朝では米価の高騰を抑え、農民の生活と生産を安定させ、さらに政府の穀物備蓄を増やすことを目指していました。

隋代（583年）や唐代（639年）にも華北や華中に設置されましたが、安史の乱によって一時的に廃止されました。唐の後期（806年）には、常平倉と義倉（地域の相互扶助的な備蓄制度）の機能を兼ね備えた「常平義倉」へと改組されました。五代の混乱期にも常平倉の復興が議論されましたが、実現には至りませんでした。

宋代に入ると、常平倉は再び重要な制度として位置づけられます。特に淳化3年（992年）、京畿地方が豊作に見舞われ米価が大きく下落した際、京城の門前で市価より高く米を買い上げる「常平倉」が設置され、凶作時に放出されるという形で運用が始まりました。その後、辺境地域を除く全国の州郡に設置が拡大されました（1006年）。しかし、景祐年間（1034年頃）以降は、兵糧不足を補うために常平倉の穀物がしばしば流用されるようになります。この頃から、春に農民に種籾や食糧を貸し付け、秋の収穫後に低い利息で返済させる「借放（しゃくほう）」という運用が常平倉の中心的な役割となっていきました。王安石による新法では、常平倉は青苗法と密接に結びつけられ、県レベルに多数設置され、借放が主要な任務とされました。旧法派の時代になると制度は旧に戻され、南宋では一時廃止されましたが、常平法と常平倉を区別する考えに基づき、建炎年間（1127年頃）に復活しました。ただし、この時期の常平倉は相互扶助的な性格が強かったようです。金や元でも常平倉は実施され、明では義倉や社倉、そして預備倉（借放を行う）が民衆救済を担いました。清代にも州県に設置されましたが、不正が横行し、清末の動乱期には略奪の対象となることも少なくありませんでした。

朝鮮半島での導入

朝鮮半島では、高麗の成宗12年（993年）に、両京（首都と西京）および地方の主要な12地域に常平倉が設けられました。設立の趣旨は中国と同様で、物価平準と民衆救済を目的とし、国家からの資金である米や布を使って、安価な時に買い入れ高価な時に売り出す糴糶（てきちょう）の原則に基づいて運用されました。主に都市部での物価安定を目指した制度であり、地方の農村部に対しては義倉が設置されていました。高麗時代を通じて廃止と再設置が繰り返され、次第に義倉のような相互扶助や救済的な性格が強まっていったとされます。

日本における常平倉

古代

日本の律令体制下においては、奈良時代の淳仁朝（759年）に、唐の制度を参考に導入されました。この制度は、特に冬場に都で飢える人、中でも地方から貢納物を運んできた帰郷できない人々（運脚）の困窮を救うために創設されました。諸国の公廨稲（官衙の運営費などに充てる稲）の一部を常平倉に割り当て、穀物の価格変動に応じて売買することで収益を上げ、その収益を用いて運脚の飢えや寒さをしのぐ手助けをすることを目的としました。同時に、都の米価調整も視野に入れていました。担当部署として、東海道・東山道・北陸道方面を左平準署が、山陰道・山陽道・南海道・西海道方面を右平準署が管轄しました。

その後、光仁朝（771年）に両平準署は廃止されましたが、穀価調整や貧困者救済という同様の趣旨を持つ政策は続けられました。宝亀4年（773年）には、全国的な米価高騰に対し、「常平の考え方は古くからの良い政治である」として、諸国の正税穀を安い価格で貧困者に販売し、秋に収穫物である穎稲で納めさせるという方式が取られました（これは中国の借放に似ています）。また、私稲を多く売却した者には位階を与えるといった奨励策も行われました。桓武朝（789年）には、飢饉への対策として「救急稲」という類似の制度が設けられています。9世紀には、平安京の米価調整のため、左右京に常平所（あるいは常平司）が設置され、これは穀倉院と連携しながら10世紀まで機能していました。

近世

江戸時代の幕藩体制下では、常平倉は社倉・義倉と共に「三倉」と呼ばれました。社倉や義倉が主に穀物の貯蔵と救済を目的としていたのに対し、常平倉は奈良時代と同様に米価の調節を主眼に置いて設置されました。儒学者である貝原益軒や大月履斎、経済学者である太宰春台なども、常平倉が優れた制度であることを説いています。太宰春台は、米価変動の抑制、米を大切にする心の育成、不測の災害への備え、運送費の節約という「四益」を挙げてその有用性を強調しました。

しかし、実際に常平倉を設置した藩は少なく、土佐藩の野中兼山、会津藩の保科正之、水戸藩の徳川斉昭、薩摩藩の島津斉彬といった一部の先進的な藩に限られていました。また、幕府直轄領では、文政3年（1820年）に佐渡相川に設けられた国産会所の「広恵倉」が、米の買い入れ・販売を通じて米価を調整する機能を持っていたことが知られています。

江戸幕府が常平倉を大規模に設置しなかった理由として、研究者の本庄栄治郎は、幕府が江戸や大坂といった主要な流通拠点を直接掌握し、買米（かいまい）や廻米（かいまい）、囲米（かこいまい）などの政策によって物資供給や価格を管理できたため、改めて常平倉を設ける必要性が薄かったと指摘しています。また、一部の藩にとどまった理由としては、すでに義倉や社倉が存在していたこと、他の様々な米価調整策が行われていたこと、設置・運営に莫大な費用がかかること、そして強い意志を持って制度を推進する指導者の存在が必要であったこと、の四点を挙げています。

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