建国神廟

建国神廟とは

建国神廟（けんこくしんびょう）は、満洲国の建国神とされた天照大神を祀るために、1940年（康徳7年）に満洲国皇帝の帝宮内に創建された宗教施設です。1945年（康徳12年）に満洲国が解体されるとともに廃絶されました。

日本の国家神道における神社とは異なるとされていましたが、祭神、建物の構造、儀式などは日本の神社と共通する要素が多く見られました。

概要

建国神廟は、満洲国の首都・新京（現在の長春）の帝宮内に建てられました。祭神は、日本の皇室の祖先とされる天照大神です。満洲国では、天照大神は建国の元神とも考えられていました。

1940年7月15日、建国神廟鎮座祭が挙行され、天照大神の神降ろしが行われました。その後、満洲国皇帝の溥儀は、文武百官を集めて「惟神（かむながら）の道」を国の基本とする「国本奠定詔書」を宣布しました。また、同日には、建国神廟の祭祀・運営を所管する皇帝直隷機関として祭祀府が新設され、総裁には橋本虎之助が任命されました。

建国神廟の創建は、溥儀の発案とされています。1935年の初訪日の際に、溥儀は日本の皇室に強い影響を受け、昭和天皇の権威と一体化することで、日本軍人や官僚勢力に対抗しようとしたと考えられています。その中で、天照大神への信仰を深めていったとされます。

1939年秋、満洲国政府は日本の宮内省に対し、帝宮内に天照大神を祀る神廟を建立したいという意向を非公式に伝えました。宮内省は陸軍省と協議し、1940年6月21日、満洲国から日本政府に正式に要請がありました。これを受け、内閣で閣議案の作成に着手しましたが、天照大神を他国の帝宮で祀ることに消極的な意見も存在しました。しかし、同年6月29日、「満洲国建国神廟創建ニ関スル件」が閣議決定され、満洲国政府に伝えられました。この閣議決定では、満洲国政府からの要請事項（建国神廟の創建、天照大神の奉祀、建国忠霊廟の創建などへの協力）を承諾し、関係各省で適切な措置を講じることなどが決定されました。

昭和天皇は、満洲国が天照大神を祀ることにあまり乗り気ではなかったとされ、「中国には古来、祭天の信仰があるから、天を祀るのが妥当ではないか」と述べたと言われています。

御霊代

建国神廟の御霊代（神体）は、直径約30.3cmの白銅製丸鏡でした。この鏡は、当初、天皇から下賜されるはずでしたが、断られたため、満洲国皇帝が持参した鏡を伊勢神宮で修祓（お祓い）することになりました。

満洲国政府は、鏡を京都の山東真一に調製させ、東京の高田義男装束店が納入しました。1940年6月、満洲国皇帝が来日した際、伊勢神宮で修祓が行われ、7月10日に皇帝と共に満洲国に運ばれました。7月15日の鎮座祭で、神鏡は建国神廟の内陣に安置されました。また、天皇から贈られた剣も神宝として奉納されました。

1945年8月9日、ソ連軍の満洲侵攻により、皇帝溥儀は政府要人とともに通化に疎開することになりました。神鏡は祭祀府の職員に護られ、皇帝と共に疎開しました。一行は朝鮮との国境に近い大栗子に移り、神鏡は社宅に安置されました。8月18日、満洲国は解散し、溥儀は日本への亡命を試みましたが、ソ連軍に捕らえられ、シベリアに抑留されました。神鏡は、祭祀府の職員によって長春に戻され、その後、日本に持ち帰られることとなりました。

長春在留日本人の引き揚げ開始に伴い、神鏡は居留民団長に引き継がれ、民団の手荷物とともに葫芦島から引揚船に乗船し、博多港に上陸しました。しかし、米軍と博多引揚援護局の係官が確認した後、行方不明となっています。

社殿

社殿は、銅板葺木造の権現造で、内陣、祭祀殿、拝殿から構成されていました。建国神廟は満洲国版「伊勢神宮」という位置づけで創建されましたが、帝宮内にあるため、一般人が参拝することは事実上不可能でした。当初、帝宮内の神廟は仮神廟とされ、後日、帝宮外に一般参拝可能な神廟を造営する計画がありました。

1942年7月15日、新京特別市浄月区とその付近の地域が建国神廟の造営地として決定され、移転計画が発表されました。浄月潭を中心とする広大な地域が「神廟関係御造営地」とされ、新たな神殿を建設する予定でした。皇帝もこの地を巡視し、修祓式を行いましたが、実際に造営されることはありませんでした。

帝宮内の仮神廟は、1945年8月12日深夜、溥儀らが帝宮から脱出する陽動作戦で火を放たれ焼失しました。

祭祀

祭祀は、1940年7月に制定された建国神廟祭祀令に基づき、皇帝が主宰する大祭、皇帝が参拝する中祭、祭祀府総裁が執行する小祭が定められました。

大祭

建国節祭（3月1日）：満洲国の建国記念日に行われる祭典。
元神祭（7月15日）：満洲国建国の元神である天照大神を奉祀する祭典。
遷座祭：鎮座の際に行われた臨時の祭礼。
臨時親告祭：1942年の建国十周年祝典に合わせて行われた臨時の祭礼。

中祭

歳旦祭（1月1日）：宮中祭祀である歳旦祭に相当。
万寿節祭（2月6日）：皇帝・溥儀の誕生を記念する祭典。
祈穀祭（穀雨日）：宮中祭祀である祈年祭に相当。
嘗新祭（10月17日）：宮中祭祀である新嘗祭に相当。

小祭

歳暮祭（12月31日）
月旦祭（1月を除く毎月1日）
月例祭（7月を除く毎月15日）

特徴

神饌：厳寒時の調理が困難なため、食材をそのまま供える生饌が採用されました。満洲国の特産物である高粱や大豆などが供えられました。
香：満洲の風習を取り入れ、神廟内に香炉を設けて香が焚かれました。
神楽：日本風の雅楽が採用され、儀式の際に奏されました。
祝詞：延喜式祝詞に基づく「日文告文」と中国語の「満文告文」が用いられました。
神札：伊勢神宮の神宮大麻に倣い、「建国神廟神璽」が各機関に授与されました。


建国神廟は、満洲国における国家神道の象徴として、その短い歴史の中で重要な役割を果たしました。しかし、満洲国の解体とともに、その歴史は幕を閉じました。

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