応永の乱 (越後国)

応永の乱（越後応永の大乱）

応永の乱は、室町時代中期、応永30年（1423年）から応永33年（1426年）にかけて越後国を舞台に繰り広げられた内乱です。この争いは、越後国の最高責任者である守護の上杉頼方と、実務を取り仕切る守護代の長尾邦景という、本来ならば協力すべき両者が激しく対立したことで発生しました。特に越後における広範な動乱であったことから、「越後応永の大乱」とも呼ばれています。

この乱が勃発した背景には、当時の政治情勢が複雑に絡み合っていました。まず、室町幕府と鎌倉府（鎌倉公方）の深刻な対立があり、越後国はその地理的な位置から両者の勢力争いの渦中にありました。また、守護による領国支配が進むにつれて、越後国内の有力な武士である国人層の抵抗が高まっていたことも要因です。さらに、幕府の中心人物であった管領の畠山満家と、その前任者である細川満元の間の対立が、上杉家内部の後継者争いと結びついたことも、乱の引き金となりました。

乱の背景

乱に先立つ応永23年（1416年）に発生した上杉禅秀の乱の後、室町幕府と鎌倉府の関係は急速に悪化していました。このような状況下で、応永28年（1421年）に越後守護であった上杉房方が亡くなり、その後を継いだ子の上杉朝方も翌応永29年（1422年）10月に死去するという、短期間に守護が連続して代わる事態が起こります。朝方にはわずか2歳の遺児、幸龍丸（後の上杉房朝）が残されていましたが、新たな越後守護に任命されたのは朝方の弟にあたる上杉頼方でした。この守護人事を巡っては、当時の幕府管領であった畠山満家と前管領の細川満元の政治的な駆け引きがあったとされています。

頼方が守護に就任した応永29年から30年にかけて、関東では鎌倉公方の足利持氏が幕府に従う勢力（京都扶持衆）を討伐するなど、幕府と鎌倉府の対立はさらに緊迫していました。頼方の弟である上杉憲実が関東の有力な上杉家（山内上杉家）に養子に入っていたことから、頼方は将軍足利義持から鎌倉府への内通を疑われることになります。応永30年（1423年）9月には、将軍義持による頼方追討の噂が流れ、頼方は切腹寸前まで追い詰められましたが、彼の支持者であった細川満元らが懸命に弁護した結果、赦免されました。

一方、上杉房方の時代から守護代を務め、越後国における実権を握っていた長尾邦景は、鎌倉府と結びつきを強めていました。頼方は自身に向けられた内通疑惑を晴らすためにも、邦景の勢力を排除したいと考えます。こうして両者の対立が深まる中、応永30年（1423年）11月初旬、幕府が上杉頼方と越後の国人たちに対して、長尾邦景を討伐せよという命令（御教書）を発給したことにより、越後応永の大乱が勃発しました。

乱の経過

応永の乱の詳細は、守護方として一貫して戦った揚北衆の中条房資が残した記録によって主に知られています。他に詳細な史料が少ないため、特に揚北地方における動きが中心的に伝わっています。

第一期

乱が始まると、守護方には上杉頼方自身に加え、その実家である山浦地方を拠点とする山浦上杉家の上杉頼藤、長尾朝景、そして幕府の命令を受けた揚北衆の一部（中条房資、黒川基実、本庄氏、色部氏、加地氏、新発田氏など）が加わりました。これに対し、守護代の長尾邦景は、上杉一族の三宝寺氏を大将として対抗勢力を組織しました。

守護方の揚北衆は、護摩堂や大面に布陣し、守護代方についた山吉氏が籠る三条城を攻撃しました。しかし、この時、黒川、加地、新発田といった一部の揚北衆が突如として陣を離脱し、笹岡に布陣していた中条房資の退路を断つ行動に出ます。上杉頼藤は三条城への攻撃を中断し、陣を引き払いました。その後、頼藤らは堀越の要害を攻略し、次いで黒川城に三宝寺氏と共に籠っていた黒川基実を攻めました。頼藤と長尾朝景は、奥州の伊達持宗にも援軍を要請しており、頼藤と伊達氏の合わせて5000騎あまりの軍勢が黒川城を猛攻します。結局、黒川基実は降伏し、これに続いて加地氏や新発田氏も守護方に降ったため、乱は一時的に収束しました。この後、反乱の首謀者とされた黒川基実は、伊達軍による夜襲を受け、切腹して果てています。

政情の変化

一方で、京都にいた守護上杉頼方を取り巻く政治状況は変化していました。応永31年（1424年）2月には幕府と鎌倉府が和解し、対立が緩和されました。また、同年12月には、頼方が保護していた幸龍丸（上杉房朝）が、管領畠山満家によって奪い取られてしまいます。満家は幸龍丸を上杉家の惣領として擁立すると主張し、頼方は面目を失い、没落したと噂されるほど状況が悪化しました。畠山満家の支援を得た幸龍丸とその側近たちは、長尾邦景と手を結びます。これにより越後国内では、「幸龍丸－邦景」ラインと「頼方－頼藤・朝景」ラインという、二つの異なる権力主体から恩賞や所領の安堵状が乱発されるという異常事態となりました。こうした状況は、再び越後国内で争いが起こることを必然とさせました。

第二期

応永33年（1426年）秋、再び越後で動乱が勃発します。この時、守護方（上杉頼藤側）の揚北衆の軍勢が、守護代方の山吉久盛が守る三条城を再び攻撃しました。しかし、落城寸前と思われた局面で、加地氏や新発田氏らが、またしても府中（長尾邦景側）に寝返るという事態が起こります。守護方の中条房資はかろうじて居館である江上館に戻りましたが、長尾定景・実景や寝返った加地氏・新発田氏らの大軍が押し寄せたため、10月には館を脱出し、河間の城に籠城しました。11月になり、冬の訪れとともに敵の軍勢は引き上げましたが、この戦いは守護方の完全な敗北に終わりました。

乱の終結と影響

「一国が大乱に及んだ」と記される応永の乱は、このように守護方の上杉頼方の敗北で幕を閉じました。乱後、幕府は長尾邦景に対する討伐命令を取り下げ、邦景と和解します。また、頼方の後ろ盾であった細川満元は既に亡くなっており、頼方は守護職を解任され、畠山満家によって擁立されていた幸龍丸が新たな越後守護となりました。

実力で危機を乗り切った長尾邦景は、それまでの鎌倉府寄りの姿勢を改め、室町幕府への接近を図ります。一方、守護職を解かれた頼方は、乱の直後から赦免を求めており、永享4年（1432年）には弟の上杉憲実を通じて要請した際に幕府はこれを許しますが、長尾邦景にはなお不満があった様子がうかがえます。上杉頼方はその後ほどなく死去したとされています。

長尾邦景の後ろ盾となっていた畠山満家も永享5年（1433年）に病死します。将軍足利義教が自分に不信感を抱いていると感じていた邦景は、翌永享6年（1434年）に急遽上洛し、将軍に献上品を贈って会見することで、その信任を得ることに成功しました。

応永の乱は、越後国内の国人層にも大きな影響を与えました。乱の過程で、中条氏や黒川氏といった有力国人内部では、惣領家と庶子家の間で分裂が生じ、同じく三浦和田氏の一族である関沢氏は守護の被官となるなど、再編が進みました。このことから、応永の大乱は越後国人社会における惣領制（一族の中心である惣領が庶子家を統率する仕組み）の解体を加速させ、守護による領国支配、特に揚北地域への守護権力の浸透を促す契機となった事件として評価されています。

しかし、宝徳元年（1449年）に、京都と越後を行き来しながら守護権力の回復を目指していた幸龍丸、すなわち上杉房朝が急逝すると、越後は再び不安定な状況へと陥っていくことになります。

参考文献

佐藤博信 『越後中世史の世界』 岩田書院、2006年。
山田邦明 「応永の大乱」 『新潟県史 通史編2 中世』、新潟県、1987年。
* 田村裕 「越後応永の大乱」 『上越市史 通史編2』、上越市、2004年。

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