恐蟹類

恐蟹類（Dinocaridida）

恐蟹類は、太古の海に生息していた基盤的な節足動物と考えられる絶滅した生物群です。学名「Dinocaridida」または「Dinocarida」はギリシア語で「恐ろしいカニ/エビ」を意味し、これは捕食性の種類が多かったことや、甲殻類に似た一部の形態的特徴に由来します。日本語では恐蟹綱（きょうかいこう）とも呼ばれます。

この分類群には、有名なアノマロカリスを含むラディオドンタ類や、奇妙な姿のオパビニアを含むオパビニア類などが含まれます。文献によってはその定義や分類学上の位置付けに差異がありますが、多くの研究ではラディオドンタ類、オパビニア類、そしてパンブデルリオンやケリグマケラといった初期の形態を含むグループとして扱われ、これは節足動物のステムグループ（根幹部分にあたる系統）の一部を便宜的にまとめたものと見なされています。

形態的特徴

恐蟹類の体は左右対称で、おおよそ見かけ上体節のない頭部と、多数の体節からなる胴部に分かれています。最も際立った共通点は、体の一番前にある1対の非常に発達した前部付属肢と、胴体の両側にずらりと並んだ多数の鰭（ひれ）です。胴体の皮膚（クチクラ）は大部分が柔軟で、一般的な節足動物に見られるような硬質な外骨格は、口器やラディオドンタ類の前部付属肢、一部の背甲などに限られます。

頭部は、おそらく先節や初期の体節の融合によって形成されており、多くの種で前面背面が丸く突出した部分が見られます。先端の前部付属肢は、内側に棘状の突起が並び、ラディオドンタ類ではしっかりした関節と外骨格を持つ関節肢ですが、他のグループでは葉足（ようそく）のように柔軟で環状の筋に覆われています。オパビニア類やミエリテリンでは、この付属肢が基部で癒合して1本の吻（ふん）状の構造になっています。眼は、左右に発達した複眼を持つものが多く、一部には頭部中央に中眼も確認されています。口は頭部の腹側に開き、放射状の歯を持つものが少なくありませんが、ラディオドンタ類では十字や三放射のドーム状の口器に特化しています。

胴部は数節から十数節で構成され、表面には環状の筋や明瞭な体節境界が見られます。節足動物に一般的な背板や腹板といった外骨格は基本的にありません。胴体の両側には、通常1体節につき1対の鰭が並び、これは他の節足動物の外肢に相同とも考えられています。鰭や胴部には、呼吸のための鰓（えら）と思われる櫛状の構造体を持つものが多いです。ラディオドンタ類以外のグループでは、鰭の下に葉足動物に似た柔軟な脚、葉足を持つものも確認されています。胴体の末端には、種類によって尾鰭や尾毛、尾棘といった構造が見られます。

内部構造では、胴部の筋肉が体節ごとに分かれていない種類もいます。消化管は節足動物に共通する特徴を持ち、特に中腸には体節に対応して並ぶ多数の消化腺が見られます。この消化腺の配置は、他の初期節足動物やシベリオン類葉足動物にも共通する珍しい特徴です。神経系は比較的単純なはしご形をしており、神経節を持たない腹神経索が確認されています。

生態と分布

多くの恐蟹類は海中を泳いで生活していたと考えられています。胴体の両側の鰭を波打たせるようにして推進したと推測され、これは現代のイカやエイの泳ぎ方に似ています。鰭や櫛状の構造体は呼吸器官として機能したと考えられ、葉足を持つ種類は海底を歩くこともできたようです。食性は多様で、多くの種は発達した前部付属肢で獲物を捕らえる捕食者であったと考えられますが、濾過摂食や懸濁物食に適応した種類も発見されています。

恐蟹類の化石は、主にカンブリア紀の地層から発見されます。特にラディオドンタ類は世界各地の数十か所で見つかっており、カナダのバージェス頁岩や中国の澄江動物群が代表的な産地です。ラディオドンタ類はカンブリア紀初期からデボン紀前期までという比較的長い期間生息しましたが、オパビニア類やパンブデルリオン、ケリグマケラなどは分布が狭く、ほぼカンブリア紀に限定されます。例外としてミエリテリンはオルドビス紀の化石が知られています。

系統関係

恐蟹類は、節足動物の進化史において非常に重要な位置を占めています。一般的に、彼らは葉足動物から真の節足動物へと進化する過程を示す中間的な形態を持つ生物群として、節足動物のステムグループに位置付けられています。例えば、比較的基盤的なパンブデルリオンは、柔軟な皮膚や発達した葉足といった葉足動物の特徴を多く残していますが、より派生的なラディオドンタ類は、関節のある付属肢、複眼、甲皮など、節足動物らしい特徴を顕著に示します。胴部の鰭と葉足のような構造を持つことは、節足動物の二叉型付属肢（背側の外肢と腹側の内肢からなる付属肢）の起源を示唆するものとして注目されています。また、シベリオン類と呼ばれる葉足動物の一部は、恐蟹類に似た前部付属肢や消化腺を持つことから、恐蟹類と葉足動物をつなぐ存在と考えられています。

かつて少数派の説として、恐蟹類を他の脱皮動物のグループ（環神経動物）に含める考え方もありましたが、近年の研究では前述の形態的証拠や分子系統解析の結果から、節足動物の基部系統に属するという見方が強く支持されています。

下位分類としては、ラディオドンタ目の中に複数の科（アノマロカリス科、アンプレクトベルア科、フルディア科など）が、オパビニア類としてオパビニア科が知られています。パンブデルリオンやケリグマケラ類（ケリグマケラ科など）も重要なグループですが、分類学上の階級が定まっていないものも存在します。かつて恐蟹類とされたパラペイトイアは、その後の研究で別の系統（メガケイラ類）に属することが明らかになっています。

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