慶寿院

慶寿院（けいじゅいん）は、室町幕府第12代将軍・足利義晴の正室であり、関白・近衛尚通の娘として永正11年（1514年）に生まれました。母や実名については記録が残っていません。彼女は、第13代将軍となる足利義輝、第15代将軍となる足利義昭、そして照山周暠という三人の男子を産んでいます。

将軍家との婚姻

天文3年（1534年）、慶寿院は近江国の桑実寺において、足利義晴との婚姻の儀を執り行いました。当時、義晴は戦乱の影響で、六角定頼の拠点である観音寺城に近い桑実寺に仮の御所を設けていました。儀式の日は雷雨に見舞われたという記録が残っています。

足利将軍家の御台所は、足利義満以来、日野家から迎えられるのが慣例でしたが、慶寿院は初めて摂関家から迎えられました。この背景には、細川高国が慶寿院の母である徳大寺維子（徳大寺実淳の娘）と縁戚関係にあったことが影響しているという説があります。また、義晴の生母の出自が不明確だったため、有力な外戚を持てなかったという事情も、近衛家との婚姻を後押ししたと考えられています。

将軍家における役割

天文5年（1536年）、慶寿院は義晴の嫡男である義輝を出産しました。彼女が将軍の御台所として男子を儲けたことは、血縁的な後ろ盾が乏しかった義晴にとって大きな力となりました。これは、日野富子以来のことで、彼女の存在は将軍家の安定に大きく貢献しました。

天文15年（1547年）、義晴は義輝に将軍職を譲り、その後、天文19年（1550年）に病死しました。義晴の死後、慶寿院は出家し、慶寿院と号しました。彼女は、若い義輝の後見人として、政務の場にも登場するようになります。

義晴の在職中から、兄・稙家と共に政務に関与していた記録が残っています。また、大内氏の家臣である杉興重の官途についても、慶寿院が内談衆に働きかけたといわれています。山科言継が所領を奪われた際には、稙家と慶寿院を頼っています。さらに、甥の近衛前久が東国へ下向した背景には、将軍家と朝廷の再興を図るため、長尾景虎の上洛に期待する慶寿院の関与があったとする見方もあります。

永禄の変と最期

永禄8年（1565年）5月19日、三好義継や三好三人衆らが二条御所を襲撃した永禄の変が起こります。この時、義輝は三好勢に討って出ようとしますが、慶寿院はこれを制止しようとしました。しかし、義輝は慶寿院の制止を振り切り、家臣と共に三好勢に突撃し、討ち死にしてしまいます。義輝の死後、慶寿院は三好勢に捕まることを恐れ、自害したと伝えられています。彼女の最期は、戦乱の世を生き抜いた女性の悲劇を象徴しています。

慶寿院は、将軍の正室として、また三人の男子の母として、室町幕府の動乱期を生き抜きました。彼女の生涯は、当時の公家社会や政治情勢を理解する上で重要な手がかりとなります。

参考資料

湯川敏治『戦国期公家社会と荘園経済』続群書類従完成会、2005年。ISBN 978-4-7971-0744-9。
湯川敏治「中世公家家族の一側面 -「尚通公記」の生見玉行事を中心に-」『ヒストリア』91号、1981年6月。
湯川敏治「足利義晴将軍期の近衛家の動向 -稙家と妹義晴室-」『日本歴史』604号、1998年9月。
木下昌規 編『足利義晴』思文閣出版〈シリーズ・室町幕府の研究3〉、2017年。ISBN 978-4-86403-253-7。
山田康弘『足利義輝・義昭 天下諸侍、御主に候』ミネルヴァ書房〈ミネルヴァ日本評伝選〉、2019年12月。ISBN 4623087913。
黒嶋敏『天下人と二人の将軍：信長と足利義輝・義昭』平凡社、2020年。

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