戸川安愛

戸川 安愛（とがわ やすちか/やすなる）は、天保5年（1834年）に生まれ、明治18年（1885年）11月9日に生涯を閉じた、江戸時代末期（幕末）から明治期にかけての人物です。幕臣（旗本）として3000石の知行を有し、官位は伊豆守、通称は鉡三郎、雅号を晩香と称しました。

戸川安愛は、父である先代・安栄の四男として誕生しました。幼い頃から聡明であったと伝えられ、安政5年（1858年）にはまだ部屋住（家督を継ぐ前の身分）でありながら小納戸役（将軍の側近として身辺の世話をする役職）に任じられ、身分を超えて布衣（平服）の着用を許されるという異例の抜擢を受けました。同年には幕府の学問所教授方手伝出役も兼務し、漢文の講義を将軍に披露する機会を得ています。

文久2年（1862年）、父の死去に伴い家督を相続すると、同年には幕府の重要な監察職である目付に就任します。この年、幕府は兵賦令（徴兵制度）を発令しました。これは旗本に対し、その知行高に応じて領民を徴兵し、その給金を旗本自身が負担するというものであり、安愛が領有する帯江知行所（現在の岡山県倉敷市）では、元治元年（1864年）時点で年間55両という財政的負担が生じました。文久3年（1863年）には、外国関係の事務に関わる外国御用立会を勤めています。

元治元年（1864年）には、政情不安定な京都へ上洛しました。禁門の変に際しては、禁裏御守衛総督であった一橋慶喜（後の徳川慶喜）の命を受け、長州藩家老に軍の退兵命令を伝達する重要な役目を果たしました。また、慶喜の指示により、諸大名の陣地の見廻りも行っています。同年に行われた第一次長州征伐にも従軍し、禁門の変の責任者とされる長州藩の三家老（国司親相、益田親施、福原元僴）の首実検にも立ち会うなど、動乱期の幕府を支える要職を歴任しました。

慶応期に入ると、安愛の活躍はさらに続きます。慶応元年（1865年）に大坂で再び目付に任じられ、翌慶応2年（1866年）には大目付へと昇進しました。この頃、幕府は第二次長州征伐や後に戊辰戦争の戦費を捻出するため、旗本・御家人に軍役金の上納を義務付ける制度を開始します。当時の帯江戸川家は、表向きの石高は3000石でしたが、実際の収穫を示す実高は5743石に及びました。家計は、慶応元年には収入3407両に対して支出4628両と1221両の赤字でしたが、慶応2年には収入11588両、支出9301両で2287両の黒字、さらに慶応3年（1866年）も収入13406両、支出13260両で146両の黒字と、黒字に転じました。これは、軍役金（慶応3年時点で年間1905両、他に練兵・弾薬費31両）や、目付・大目付という高位に伴う多額の交際費（江戸屋敷や陣屋の生活費1306両を遥かに超える負担）にもかかわらず達成されたものです。この黒字の背景には、戦時下における米価の著しい高騰（平年の8倍）がありました。戦争が皮肉にも知行所の財政を一時的に好転させた形です。

また、安愛は領地における教育にも力を入れました。慶応2年（1866年）、二日市村（現在の倉敷市玉島二日市）に学問所を設立し、医師の植田亮哉を招いて家臣の子弟や近隣の子女を教育させました。

慶応4年（1868年）1月、鳥羽・伏見の戦いが勃発。安愛は徳川慶喜を擁して大坂にいましたが、旧幕府軍の敗北により幕府は朝敵と見なされます。その結果、帯江知行所は岡山藩によって陣屋や土地を含めた一切を没収されることになりました。同年2月、安愛は「挙正退奸の上書」を慶喜に提出するなど、徹底抗戦を主張する主戦論者の一人であったため、明治政府から官位を差し止められ、領地や家屋敷も正式に没収されるとともに、追放処分という厳しい沙汰を受けました。

明治維新後、明治元年11月（1868年）、安愛は一族郎党と共に江戸から駿府（現在の静岡県静岡市）に移住し、静岡藩に仕えます。明治2年（1869年）には静岡藩権参事（中老や番頭に相当）を歴任しました。明治4年（1871年）、廃藩置県によって静岡藩が廃止されると、宮内省に奉職することになります。

明治5年（1872年）、安愛は家督を弟の栄秀（最兎女栄秀）に譲り、跡を継がせました。明治15年（1882年）に宮内省を辞職すると、かつての知行所であった帯江（現在の倉敷市帯江地区）に帰郷し、窪屋郡長を務めるなど地方行政に関わりました。晩年は、帯江小学校の初代校長（首座）に就任し、地域教育の発展に貢献しました。明治18年（1885年）11月9日、その波乱に富んだ生涯を終えました。

戸川安愛は、幕末の激動期に幕府の要職を歴任し、戊辰戦争後は明治政府に追放される憂き目に遭いながらも、故郷で教育者・行政官として再び地域社会に貢献した人物として、その名が残されています。

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