新布石

新布石とは

新布石は、1933年（昭和8年）に呉清源と木谷實によって発表された、中央と速度を重視する革新的な囲碁の布石です。従来の、小目を中心とした低い位置取りの布石に対し、新布石は星や三々といった隅を一手で確保できる場所に打ち、辺や中央への展開速度を重視しました。この布石の主眼は、中央に大きな模様を構築することにありました。その斬新なスタイルは、呉と木谷の活躍とともに社会現象を巻き起こすほどのブームとなりました。

新布石誕生の背景

1933年の夏、木谷と呉は長野県の地獄谷温泉にある木谷の妻の実家が経営する旅館「後楽館」で意見交換を行いました。そこで、中央を重視する木谷の研究に呉が賛同し、新布石の概念が生まれました。当時、木谷は24歳、呉は19歳という若さでした。この新布石の構想には、中央重視の華麗な棋風で知られた七世安井仙知の影響が大きかったと言われています。

新布石の普及

同年秋の大手合で、呉と木谷はこの斬新なスタイルを駆使し、それぞれ1位と2位の成績を収め、大きな話題を呼びました。さらに、呉が本因坊秀哉名人に三々・星・天元という大胆な布石で挑戦した一局は、世間の注目を集めました。翌1934年には、「囲碁革命・新布石法」という書籍が出版され、当時としては破格の10万部を売り上げるベストセラーとなりました。この影響は専門棋士にも広がり、関西の棋士たちが天元に第一着を打つなど、新布石は一気に普及しました。しかし、権威者であった本因坊秀哉は新布石を否定し、門下生たちは旧来の布石を守って新布石に挑みました。

その後、田中不二男らが「ウルトラ新布石」を試みるなど、過激な展開も見られましたが、1936年頃には木谷自身が地を重視するスタイルに変化し、ブームとしての新布石は終焉を迎えました。

新布石の実例

以下に新布石の代表的な実例を挙げます。

呉清源（先番） 対 木谷實：新布石誕生のきっかけとなった一局。地獄谷での意見交換後、呉は中央を意識した高いカカリを放ち、新布石が具体化しました。
本因坊秀哉名人 対 呉清源（先番）：呉が三々・星・天元を連打する大胆な布陣で臨んだ一局。秀哉名人が逆転勝利で権威を守りました。
呉清源 対 小杉丁（先番）：「十六むさしの一局」と呼ばれ、小杉は「奇をもって奇に当たったに過ぎない」と述べています。
田中不二男 対 高川格（先番）：田中による「ウルトラ新布石」の一例。田中の才能は呉に匹敵すると言われていましたが、若くして亡くなりました。

新布石の評価

新布石の創始者である呉と木谷の間には、呉が速度を、木谷が中央の勢力を重視するという違いがありました。三連星、5の五、天元といった斬新なスタイルは、当初は未成熟な部分もありましたが、囲碁界に新たな風を吹き込みました。新布石自体は従来の布石を完全に凌駕するものではありませんでしたが、その後の布石の考え方に取り込まれ、現代布石へと昇華しました。後の武宮正樹による宇宙流布石は、現代版の新布石とも言えるでしょう。

新布石の意義

新布石は、必ずしも従来の布石を覆すものではありませんでしたが、囲碁の歴史において重要なターニングポイントとなりました。当時の本因坊門下の棋士が「新布石で負けたのではなく、木谷さんや呉さんが強かった」と語ったように、新布石の評価は、その斬新さとともに、創始者たちの実力によるところも大きいと言えるでしょう。

新布石の記念

2003年には、新布石誕生70周年を記念して、信州地獄谷に「新布石発祥之地」の石碑が建てられ、呉清源や木谷の弟子、遺児たちが参列しました。また、後楽館は「囲碁旅館」として営業し、新布石の検討に使われた「新布石の間」を残しています。2017年には、囲碁教室に使う「新布石・木谷道場ギャラリー」がオープンしました。

脚注

関連項目
龍の子太郎：松谷みよ子の児童文学。後楽館で執筆されました。

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