布石

囲碁における布石とは

囲碁における「布石」とは、対局の序盤において、互いに盤上に石を配置し、勢力圏を確保していく段階を指します。これは、その後の対局を左右する重要な土台作りであり、将来の戦略や構想を定める上で欠かせないものです。布石の段階では、盤面全体における大まかな石の配置を決定していくことになります。また、「布石」という言葉は、囲碁の世界だけでなく、将来の準備や計画を意味する一般用語としても用いられています。

一局の中でどこまでが布石の段階であるかは、対局ごとに異なり、明確な区切りがあるわけではありません。一般的には、互いの石が接触し、戦闘が始まるまでの段階を指すことが多いですが、明確な布石の段階を経ずに、すぐに戦闘が始まることもあります。

布石の基本

囲碁は地を取り合うゲームであるため、最も地の確保が容易な隅から打ち始めるのが基本となります。互いに隅から打ち始め、隅を確保するために「シマリ」を打ったり、相手の「シマリ」を妨害するために「カカリ」を打ったりします。その後、定石が打たれ、辺への「ヒラキ」や「ツメ」によって勢力圏を拡大し、戦闘へと移行していくのが一般的な流れです。この流れを捉えた格言に「一隅、二シマリ、三ヒラキ」というものがあります。また、「四ツメ、五トビ」と続くこともあります。「大場」と「急場」を見極めることも重要です。

布石の例

例えば、右上の隅と右下の隅で「シマリ」が打たれ、左上の隅と左下の隅で定石が打たれた後、白14が「ヒラキ」を打ち、白22あたりまでが布石の段階です。黒23の打ち込みから両者の石が接触し、中盤戦が開始されます。

布石の歴史

室町時代までは、盤上の隅の星の位置に白と黒の石を2つずつ置いてから対局を始める「事前置石制」が主流でした。そのため、現代のような布石の概念はなく、最初から戦闘が始まるのが一般的でした。室町時代後期から、盤上に何もない状態から対局を開始する「自由布石」が広まり、布石と呼ばれる段階が生まれました。本因坊算砂などの時代にこの対局方法が広まり、隅への着手も小目、高目、目外しなどが主流となりました。江戸時代になると、家元制の下で「一に空き隅、二にシマリかカカリ、三に辺」という布石理論が確立しました。また、この時代に隅の定石が整備され、布石と一体となって発展しました。本因坊道策は、全局的な視点と手割論による合理的な布石法を生み出し、その後の布石の進歩に大きく貢献しました。江戸末期の本因坊秀和や本因坊秀策らの時代には、この布石法は頂点に達し、「秀策流」の名も残っています。

江戸中期には、安井仙知が中央を重視する布石を打ち、明治時代には本因坊秀栄がスピードを重視した星打ちを提唱するなど、新しい考え方も徐々に広がりました。昭和初期には、木谷実と呉清源が「新布石」を発表し、全く新しいスタイルが生まれました。新布石は、それまでの小目中心の布石から、星や三々を中心に据えたスピード感あふれる布石であり、初手天元や五の五といった大胆な発想は、囲碁界だけでなく一般社会をも巻き込み、一大センセーションを巻き起こしました。その後、新布石は旧布石と融合し、現代の布石へと繋がっています。

現代においては、コミの導入により、黒番ではより攻撃的な布石が目指されるようになり、三連星や中国流など、システム化された布石も多く生まれています。近年では、武宮正樹による中央重視の「宇宙流布石」が、世界の囲碁界に大きな影響を与えました。中国流の、隅のシマリよりも辺のヒラキを優先する発想も、布石の進化に大きな影響を与えています。

中国では、清代に日本の自由布石が伝わり、事前置石制から移行しました。朝鮮では、巡将碁と呼ばれる16子を置く事前置石制が主流でしたが、戦後に日本で修行した趙南哲が自由布石法を広めました。両国とも1980年代には棋力が日本と肩を並べ、それぞれ独自の布石研究を進めました。

布石の型と流行

布石には、時代によって流行り廃りがあります。研究が進んだ結果、不利と判断され、使われなくなる布石もあれば、時の第一人者の棋風に影響されることもあります。

並行型とタスキ型

布石は、最初に隅に打たれる4手の配置によって、大きく「並行型」と「タスキ型」に分類できます。

並行型: 黒石と白石が同じ辺を占める打ち方。
タスキ型: 黒石と白石が対角線を占める打ち方。

並行型は、互いに辺を勢力圏とするため、模様の碁になりやすく、タスキ型は、局面が細分化されて戦いの碁になりやすい傾向があります。

本法の布石

江戸期までの布石の型で、小目を中心とした布石です。互いに空き隅の小目を交互に占め、続いてそれぞれの小目のシマリを打つのが基本です。この基本型から、シマリの代わりにカカリ、空き隅の代わりにカカリ、空き隅の占め方を小目の代わりに高目や目外しを選ぶなどのバリエーションがあります。そこから隅を中心とした戦いに移行していきます。

秀策流

江戸末期に本因坊秀策が先番必勝の布石として愛用したことで知られています。先番（黒）が隅の小目を占め、後手（白）が空き隅の代わりに黒の小目へのケイマのカカリ（目外しの位置）に打った場合、黒が小目からコスミを打つ型を言います。このコスミは「秀策のコスミ」と呼ばれ、隅を強い形にし、そこを基点にした辺への展開と白石への攻めの二通りの狙いを持つことができます。現代では、黒の布石としてはやや緩いという考え方もあり、白の手法として見直されています。

新布石

中央への勢力と、隅は星、三々を占めることによるスピードを重視した布石です。昭和初期に勃興し、中央重視の流れから、さまざまなスタイルが試みられました。木谷らはその後旧布石に戻りましたが、呉や高川格など、星打ちを中心にした布石を続けた者も多くいます。特に黒番での二連星と一間高ガカリの組み合わせは、呉が十番碁などで用いて、他の棋士も多用したため、「秀策の一、三、五」になぞらえて「昭和の一、三、五」と呼ばれました。

現代の布石

昭和になって、坂田栄男や石田芳夫らによって三々打ちが流行しましたが、位の高い攻撃的な布石が人気を集めるにつれて、三々は徐々に少なくなりました。1970年代からは、武宮正樹の中央志向の布石・宇宙流が人気を集め、二連星、三連星などの簡明な布石がプロアマ問わず流行しました。同様に中国流、小林光一の多用した小林流などが登場し、現代でも多く打たれています。

1990年代以降、韓国囲碁界が隆盛を迎え、一つの布石を多数のプロが集中的に研究し尽くすスタイルが確立しました。この中でミニ[[中国流]]などが必勝布石として数多く打たれましたが、近年では序盤から布石らしい布石がないまま乱戦が始まることが多くなっています。現代では、日中韓とも厚みや勢力よりも地に辛く打つスタイルが主流になりつつありますが、高尾紳路など厚み派に分類される棋士も活躍しています。結局、布石は棋風や好みに合わせて選択されるもので、「これがベスト」といえるようなものはありません。

主な布石の例

二連星: 2隅を星で占める布石。辺への展開力、スピードに優れており、黒番、白番問わずよく打たれます。対角の2隅を占めるものはタスキ星と呼ばれます。
三連星: 二連星からさらに辺の星を占める布石。地に甘いですが、中央志向が強く、大模様になりやすい布石です。昭和末期から平成初期にかけて流行しました。
中国流: 星・小目・辺の星の斜め下に構える布石。三連星に似た構えですが、三連星に比べて地に辛く、実利に転換することもできる和戦両様の布石です。
小林流: 小林光一が愛用した布石。韓国囲碁界で一時期大流行しました。
ミニ[[中国流]]: 中国流の変形で、韓国で数多く打たれ、研究されました。

参考図書

『新・早わかり布石小事典』日本棋院
『布石大事典』日本棋院
高川格『布石辞典　上・下』誠文堂新光社
林海峯『基本布石事典　上・下』日本棋院
依田紀基『新版　基本布石事典　上・下』日本棋院

関連項目

囲碁の歴史
定石

外部リンク

* 布石問題集 - ウェイバックマシン（2004年4月2日アーカイブ分）

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