棋風

棋風：将棋、囲碁、チェスにおける個人のプレイスタイル

将棋、囲碁、チェスといったボードゲームにおいて、個々のプレイヤーの着手の特徴や戦略を指す言葉として「棋風」が存在します。これは、単なるプレイスタイルというだけでなく、そのプレイヤーの人格や思考様式を反映した、より深遠な概念と言えます。理論的には完全な先読みが可能であるものの、実際には膨大な選択肢と時間制限、そしてプレイヤー自身の思考様式などによって、同じ局面でも様々な指し方が生み出されます。本稿では、将棋、囲碁、チェスの3つのゲームにおける棋風について、著名な棋士の例を交えながら詳しく解説します。

将棋における棋風

将棋の棋風は大きく「居飛車党」と「振り飛車党」に分けられます。居飛車党は飛車を初期位置に据え、堅実な陣形から戦うスタイルです。一方、振り飛車党は飛車を初期位置から動かし、積極的に攻め込むスタイルをとります。これらの他に、「オールラウンダー」として両方を使いこなす棋士も存在します。さらに、防御を重視する「受け将棋」と攻撃を重視する「攻め将棋」といった分類も可能です。

棋風は、幼少期の経験が大きく影響し、変更することは容易ではありません。しかし、大山康晴や谷川浩司、藤井聡太といった棋士のように、キャリアの中で棋風を変更したり、振り飛車党でありながら相振り飛車を好まないなど、例外も存在します。近年の傾向として、定跡データベースやコンピュータ将棋の活用により、「データベース将棋」や「AI流」と呼ばれる、合理性を重視した棋風が台頭しています。

代表的な将棋棋士の棋風

ここでは、いくつかの著名な将棋棋士とその棋風の特徴を挙げます。

天野宗歩: 現代の棋士にも通じるスピード感溢れる序盤と、巧みな玉の囲いが特徴。
坂田三吉: 独創的な棋風で知られ、「坂田将棋」と呼ばれる独自のスタイルを確立。
関根金次郎: 無理のない手で相手を追い詰める自然流。
木村義雄: 居飛車党。中盤の戦いに強く、「木村定跡」を開発。
花田長太郎: 居飛車党。鋭角的な棋風と、寄せの強さから「寄せの花田」と呼ばれた。
土居市太郎: 居飛車党。その棋風と捌きの速度は近代将棋の基礎となったと評される。
金子金五郎: 居飛車党。序盤の理論派として知られる。
塚田正夫: 居飛車党。「屈伸戦法」と呼ばれる、一見劣勢から逆転する棋風で有名。
大野源一: 振り飛車の神様。軽快な棋風と三間飛車での捌きを得意とした。
升田幸三: オールラウンダー。大駒の使い方と逆転の妙手に富む。
大山康晴: 振り飛車党。守りを固めつつ、一気に仕留める独特のスタイル。
花村元司: オールラウンダー。「妖刀使い」と呼ばれ、定跡を外れた力強い将棋を指した。
二上達也: 居飛車の攻め将棋。「寄せの二上」として知られる。
内藤國雄: オールラウンダー。「自在流」と呼ばれる、変化に富んだ棋風。
加藤一二三: 居飛車党。「加藤流」と呼ばれる独自の戦法体系を持つ。
有吉道夫: 居飛車党。「火の玉流」と呼ばれる攻め将棋で活躍。
山田道美: 居飛車党。対振り飛車研究の第一人者。
大内延介: 振り飛車党。「怒濤流」と呼ばれる、穴熊を駆使した棋風。
米長邦雄: 居飛車党。「泥沼流」と呼ばれる、劣勢からの逆転劇を得意とする。
森安秀光: 振り飛車党。「だるま流」と呼ばれる粘り強い棋風。
中原誠: 居飛車党。「自然流」と呼ばれる、バランスのとれた棋風。
田中寅彦: 居飛車党。多くの序盤戦術の発展に貢献した。
小林健二: 居飛車党。「スーパー四間飛車」と称された。
谷川浩司: 居飛車党。「光速の寄せ」と呼ばれる、鋭い終盤戦が特徴。
塚田泰明: 居飛車党。「攻め100％」の攻撃的な棋風。
南芳一: 振り飛車党。「地蔵流」と呼ばれる、重厚な棋風。
森下卓: 居飛車党。相矢倉における「森下システム」の創始者。
中田功: 振り飛車党。「コーヤン流」と呼ばれる三間飛車を得意とする。
清水市代: 居飛車党。女流棋士として本格的な棋風で知られる。
佐藤康光: オールラウンダー。「緻密流」と呼ばれる、深い読みを持つ棋風。
郷田真隆: 居飛車党。格調高い手を追求する。
丸山忠久: 居飛車党。「激辛流」と呼ばれる、着実な勝利を目指す棋風。
羽生善治: オールラウンダー。「羽生マジック」と呼ばれる、独特の妙手を繰り出す。
藤井猛: 振り飛車党。「藤井システム」など、四間飛車における革新的な戦法を開発。
森内俊之: オールラウンダー。「鉄板流」と呼ばれる、堅実な棋風。
木村一基: 居飛車党。「千駄ヶ谷の受け師」と呼ばれる、受けの強い棋風。
杉本昌隆: 振り飛車党。四間飛車と相振り飛車の両方に精通する。
鈴木大介: 振り飛車党。中飛車を駆使する、豪快かつ繊細な棋風。
近藤正和: 振り飛車党。「ゴキゲン[[中飛車]]」の創始者。
窪田義行: 振り飛車党。独自の振り飛車戦法で知られる。
渡辺明: 居飛車党。バランス型の棋風で活躍。
久保利明: 振り飛車党。「捌きのアーティスト」と呼ばれる、巧みな駒捌きが特徴。
豊島将之: オールラウンダー。隙のない棋風で知られる。
広瀬章人: オールラウンダー。居飛車党に転向。
藤井聡太: 居飛車党。様々な戦法を駆使する。

囲碁における棋風

囲碁の棋風は、大きく分けて「実利派」、「模様派」、「力戦派」、「オールラウンダー」に分類されます。実利派は効率的に地を確保するスタイル、模様派は雄大な地模様を重視するスタイル、力戦派は激しい攻防を好むスタイルです。さらに、中央の戦いを好む「中の碁」、地味ながら堅実な「渋い碁」、地を稼いで逃げ込む「逃げ碁」といった細かな分類も存在します。また、黒番を得意とする「黒の碁」、白番を得意とする「白の碁」といった、手番による得意不得意も棋風の一部となります。

現代囲碁では、布石のスピード化や持ち時間制限、データベースやAIの活用により、実利派とオールラウンダーが増えています。AIの解析により、客観的な棋風分析が可能となり、バランスのとれた棋士が増加している傾向にあります。

代表的な囲碁棋士の棋風

本因坊道策: オールラウンダー。全局における調和を重視した打ち回し。
本因坊元丈: 模様派。手厚く攻めの強い碁。
本因坊丈和: 力戦派。激しい力碁。
本因坊秀和: 模様派。サバキを基調とした軽快な打ち回し。
本因坊秀策: 実利派。堅実な打ち回し。
本因坊秀甫: 模様派。奔放な打ち回しと攻めの強さ。
本因坊秀栄: 実利派。早見え早打ち。
本因坊秀哉: 力戦派。力碁に強く、序盤に策あり。
木谷實: 棋風を何度も変えたことで有名。
呉清源: 実利派。積極的な打ち回しと大局観、終盤の収束力。
高川格: 実利派。合理的で、大局観に明るい碁。
坂田栄男: 実利派。「カミソリ坂田」と呼ばれる、切れ味の鋭いシノギ。
藤沢秀行: 模様派。中央重視の豪快な打ち回し。
大平修一: 力戦派。攻めが強く、辺を重視する碁。
林海峰: 実利派。若い頃は粘り強い棋風、壮年期以降は戦闘的な棋風。
大竹英雄: 模様派。「大竹美学」と呼ばれる、手厚い打ち回し。
石田芳夫: 実利派。「コンピュータ」と呼ばれる、正確なヨセと目算能力。
加藤正夫: 力戦派。「殺し屋加藤」と呼ばれる、圧倒的な戦闘力。
武宮正樹: 模様派。「宇宙流」と「自然流」と呼ばれる、独特のスタイル。
小林光一: 実利派。「決め打ち」で勝負する、勝負に徹した打ち方。
趙治勲: 実利派。地を先に稼ぎ、相手の模様に侵入して荒らす。
小林覚: オールラウンダー。筋を基調とする碁。
片岡聡: 模様派。「新コンピュータ」と呼ばれる、終盤の正確さが際立つ棋風。
王立誠: 実利派。スピード重視の実戦的な棋風。
王銘琬: 模様派。「メイエンワールド」と呼ばれる、模様重視の独特の碁。
依田紀基: 模様派。スケールが大きく華麗な碁。
今村俊也: 模様派。「世界一厚い碁」と評される、手厚い着手を好む。
結城聡: 力戦派。戦闘的なスタイルで「武闘派」と称される。
羽根直樹: オールラウンダー。石の形を重視し、深いヨミを発揮することもある。
高尾紳路: 模様派。厚みを重視する棋風。
山下敬吾: 力戦派。位の高い碁を志向する、攻撃的なスタイル。
張栩: 実利派。部分の読みの速さ、正確さ。
河野臨: 実利派。冷静な打ち方で、ヨセで勝負をつけることが多かった。
井山裕太: オールラウンダー。全局的な発想と定石研究に積極的。
伊田篤史: 模様派。序盤は厚く打ち、中盤にかけて相手を攻める。
一力遼: 力戦派。早見え早打ちで序盤から勝負を仕掛ける。
許家元: 力戦派。読みとヨセの正確さに定評がある。
芝野虎丸: オールラウンダー。AI研究に基づいた柔軟な対応力。
藤沢里菜: 実利派。「リーナ・ゼロ」と呼ばれる、正確なヨセが特徴。
上野愛咲美: 力戦派。「ハンマーパンチ」と呼ばれる、激しい攻めの棋風。
寺山怜: 序盤は手厚く構え、中盤以降に力を発揮する。
仲邑菫: オールラウンダー。AIの打ち方を参考に、バランスの良い棋風。

チェスにおける棋風

チェスでは、「スタイル(Style)」という用語が棋風に相当します。これは、得意とするオープニング、駒の交換の頻度、サクリファイスの積極性、引き分けへの姿勢など、様々な要素を含みます。攻撃的な「アタッカー」、防御が得意な「ディフェンダー」、バランスの取れた「オールラウンダー」といった分類が可能です。

代表的なチェスプレーヤーのスタイル

ガルリ・カスパロフ: オールラウンダー。ダイナミックな展開を好み、徹底した準備を行う。
ボビー・フィッシャー: オープニングとエンドゲームに強い。
ワシリー・スミスロフ: 穏健なスタイルで、エンドゲームの名手。
ホセ・ラウル・カパブランカ: ミスが少ない正確さで、「チェス機械」と呼ばれた。
エマーヌエール・ラスカー: 心理学的な視点から相手を研究し、不利な局面からの粘りを得意とした。
ヴィクトール・コルチノイ: オールラウンダー。攻撃を待ち受けてからの反撃を得意とする。
ミハイル・ボトヴィニク: 混戦を得意とし、サクリファイスを効果的に使う。
ミハイル・タリ: アタッカー。「チェスの奇術師」と呼ばれる、無謀なサクリファイスで知られる。
チグラン・ペトロシアン: ディフェンダー。「鉄のチグラン」と呼ばれる、堅実な防御を重視するスタイル。
マグヌス・カールセン: オールラウンダー。中盤で築いた優勢を最後まで維持する。
ボリス・スパスキー: オールラウンダー。相手に合わせた柔軟なスタイル。


このように、将棋、囲碁、チェスそれぞれのゲームにおいて、棋風は多様で奥深いものです。それぞれのゲームのルールや歴史的背景、そして個々のプレイヤーの個性や戦略が複雑に絡み合い、独特の棋風を形成していると言えるでしょう。これらの棋風を理解することは、各ゲームをより深く理解し、楽しむために不可欠です。

もう一度検索