旭日丸

旭日丸：幕末に建造された日本の黎明期西洋式軍艦

旭日丸（あさひまる）は、江戸時代末期に幕府の命を受け、水戸藩が建造した西洋式帆船です。日本で建造された最初期の西洋式軍艦の一つであり、幕府海軍で使用された後、明治維新後も輸送船として実用されました。この船のために開設された石川島造船所は、後に「千代田形」などの建造を経て発展し、現在のIHIへと繋がっています。

建造の経緯

水戸藩は、藩主・徳川斉昭の指導の下、西洋式軍備の導入に積極的な藩でした。洋式船建造に関しても、蘭学者の幡崎鼎、そしてその弟子の鱸半兵衛に研究を重ねさせました。天保12年（1841年）には、「快風丸」の再建という名目で、半洋式の大型船建造を企画しましたが、幕府の許可は得られませんでした。しかし、同年にはバッテラと呼ばれる小型の洋式船2隻を那珂湊で密造しています。

嘉永6年（1853年）の黒船来航により、大型の西洋式軍艦が容易に沿岸まで侵入してきたことに危機感を抱いた江戸幕府は、海防体制の強化を目指し、西洋式軍艦の整備を急務としました。オランダからの輸入と並行して、大船建造禁止令を解除し、国産化を推進することにしたのです。老中の阿部正弘と海防参与の徳川斉昭は、当初、鱸が翻訳したオランダの造船書を基に韮山代官の江川英龍に建造を指示することを計画しましたが、江川が多忙であったため、鱸に建造を任せることになりました。嘉永6年8月8日（1853年9月11日）、鱸に建造の内命が下されました。

鱸は、算術家の小幡算衛門、船大工棟梁の杢左衛門、指物師の金五郎と共に雛形を製作し、将軍らがそれを閲覧した後、嘉永6年11月12日（1853年12月12日）に水戸藩に対して「旭日丸」建造の正式な命令が下されました。

水戸藩は鱸を主任とし、建造地を石川島に定めました。嘉永7年1月2日（1854年1月30日）に起工式が執り行われ、11月には船体がおおむね完成しました。しかし、進水の際に問題が発生します。船体が重すぎたため、進水作業は遅々として進まず、一部のみが水上に浮いた状態で、11月29日に船体が擱座、横転するという事故が発生しました。船体を起こし、引き出す作業には安政2年1月22日まで時間を要し、この出来事から「厄介丸」と呼ばれるようになりました。さらに、浅瀬の石川島から品川沖へ船体を移動させることも困難を極めました。廻船と樽を浮きとして取り付けるという手法が用いられましたが、石川島で立ち往生していたことから、「動かざる御世は動きて動くべき船は動かぬ見と（水戸）も無き哉」という落首が詠まれるほどでした。回航は4月14日に実行され、「旭日丸」は碇を使いながらゆっくりと進み、20日余りをかけて御台場まで移動しました。その後、横浜に回航されて艤装工事が行われ、着工から約2年半後の1856年6月頃（安政3年5月）にようやく竣工し、「旭日丸」と命名されました。

構造

「旭日丸」は、3本のマスト全てに横帆を持つ三檣シップ型帆船であり、蒸気機関は搭載されていません。排水量は750トンと推定され、竣工当時は日本最大級の軍艦でした。

木骨木皮構造で、西洋式に竜骨と1尺間隔・60組の肋材で構成された堅牢な船体を持っていました。船体は全体が赤く漆で塗装されており、船底は生物付着を防ぐために銅板で覆われていました。オランダ海軍士官ホイセン・ファン・カッテンディーケは、「旭日丸」を薩摩藩建造の「万年丸」よりも良好で美しい設備を持つと評価しています。1856年作成の絵図によると、舷側には片側12門の砲眼が設けられていました。

基本設計はオランダの造船書に基づいており、当時の通称でリークと呼ばれたJ. C. Rijk著の“Handleiding tot de Kennis van den Scheepsbouw”（1822年刊）と、水戸藩が所蔵していた『海舶製作図説』（底本不明）の2冊が主に参考にされました。しかし、これらの書籍は建造当時すでに時代遅れとなっていたため、新造船でありながら旧式の設計となってしまいました。ホイセン・ファン・カッテンディーケは、17世紀初期のオランダ東インド会社の船を模した設計であったと回想しています。また、オランダ商館員が作成した精密な帆船模型も、艤装に関して参考にされた可能性があります。さらに、鱸半兵衛らは、同時期に戸田村でロシア人の指導の下で建造中だった「ヘダ号」を見学しています。鱸らは、難航していた進水作業についてロシア人に助言を求めましたが、別の場所で再建した方が良いとの回答しか得られなかったため、結局は書物からの独学で難局を乗り越えることになりました。

西洋風なのは外見だけで実態は和船に近かったとする説もありますが、安達裕之はキリンキなどの洋釘が用いられていることなどから、可能な限り洋式船として設計されたものだと推定しています。ただし、和船に用いられる手違鎹も使用されていることから、和船の造船技術も一部併用されていると考えられます。

運用

竣工した旭日丸は、水戸藩から幕府へと献上され、幕府海軍で運用されることになりました。絵図に見られる帆の黒帯は、幕府所属艦船を示す帆印「源氏中黒」で、1859年（安政6年）に白帆に規定が改正されるまで用いられました。掲揚された日の丸は、日本船であることを示す総印です。

軍艦として建造された「旭日丸」でしたが、完成時には軍艦の主流は蒸気船へと移行しており、帆船は時代遅れとなっていました。そのため、「旭日丸」は主に輸送船として使用され、城米や大砲の輸送に従事しました。1859年10月には、下関港から江戸への御用金輸送任務で航海し、途中で蒸気軍艦「観光丸」によって曳航支援を受けました。しかし、第二次長州征討においては、幕府艦隊の1隻として出撃し、本来の軍艦としての任務も果たしています。進水時には「厄介丸」と呼ばれましたが、十分な実用性を有していました。

1866年（慶応2年）の第二次長州征討前夜、5月29日までに「富士山」、「翔鶴」、「長崎丸二番」、「大江丸」、「旭日丸」（近藤熊吉指揮）は安芸国宇品港へ進出。6月2日、「翔鶴」が「旭日丸」と松江藩の「八雲丸」を曳航して厳島へ向かいました。その後、大島口の戦いに参加。6月11日、「旭日丸」は「翔鶴」、「八雲丸」とともに陸上砲撃を行いました。6月13日午前4時、久賀で高杉晋作が指揮する「丙寅丸」が「旭日丸」と「八雲丸」を奇襲。交戦後、「丙寅丸」は逃走しましたが、「旭日丸」は軽微な損傷を負ったとされています。最終的に、幕府側はこの戦いに敗北しました。

安政3年8月25日には暴風雨で損傷し、翌年5月まで修理を余儀なくされました。

戊辰戦争を生き延びた本船は、明治維新後も輸送船として引き続き使用されました。樽廻船船主の嘉納治郎作に取得され、沿岸での海運に従事しました。

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