林古渓

林 古溪（はやし こけい）は、明治8年（1875年）7月15日に生まれ、昭和22年（1947年）2月20日にその生涯を閉じた、日本の歌人、作詞家、そして漢文学者です。本名を竹次郎といい、東京・神田にて江戸時代の著名な儒学者、林羅山に連なる学者の家系に、次男として生まれました。

幼少期は、現在の神奈川県厚木市にあたる愛甲郡古沢村で過ごしました。彼の筆名である「古溪」は、この村の名前「古沢」に由来すると言われています。10歳の時に父親を亡くした後は、池上本門寺に入って修行の日々を送りました。その後、哲学館（現在の東洋大学）に進学し、国漢学を中心に学びました。彼は漢詩において特に非凡な才能を示しましたが、同時に新体詩の創作にも意欲的で、同志と共にグループを結成して積極的に活動を行いました。

哲学館を卒業後、母校付属の京北中学校で国漢科の教員となりました。生徒たちからはその温厚な人柄から「達磨さん」の愛称で親しまれ、深く慕われたと伝えられています。30歳を過ぎてからも学問への探求心は衰えず、東京音楽学校の分教場や第一外国語学校でイタリア語を学ぶなど、幅広い知識の習得に励みました。

東京音楽学校での学びを通じて、音楽評論家や出版事業で知られる牛山充（うしやま みつる）と知り合ったことは、林古溪のその後の活動に大きな影響を与えました。牛山が1910年に創刊に携わった雑誌『音楽』において、古溪はその卓越した文才を見込まれ、作曲家が音楽をつけるための詩や歌を、ほぼ毎月のように寄稿しました。これは、文学者としての彼の活動が、当時の音楽界とも密接に結びついていたことを物語っています。

彼の作品の中でも特に有名な唱歌「浜辺の歌」（作曲：成田為三）は、元々「はまべ」という題でこの雑誌『音楽』に掲載されたものです。この詞が成田為三の作曲に用いられた背景には、牛山充が後輩である成田に、作曲の試みとして古溪の詞を勧めたという経緯があったとされています。「浜辺の歌」の作詞場所については、現在の神奈川県藤沢市にある辻堂東海岸を思い描いて詠まれたという説が広く知られていますが、この説には異論も少なくありません。

また、林古溪の長男である林大（はやし だい）は、後に国立国語研究所所長や国語学会の代表理事などを務めた著名な国語学者です。学者の家系に生まれた古溪の血筋は、子息にも受け継がれたと言えるでしょう。

林古溪は、歌曲や校歌など、多岐にわたる分野でその作詞の才能を発揮しました。主な作詞曲としては、以下のような作品が挙げられます。

平井康三郎作曲：「大いなるかな」「五月」「ひばり」「牡丹」「みの虫」
信時潔作曲：「阿蘇」
成田為三作曲：「浜辺の歌」
弘田龍太郎作曲：「ひる」
山田耕筰作曲：「わがちから」「東洋大学校歌」
宮城道雄作曲：「済美高等女学校校歌」
* 梁田貞作曲：「村野工業高校校歌」

歌人としては、『わたくしの母』や『わが歌千首』といった歌集を出版しています。

漢文学者、歌人、そして作詞家、さらに教育者としても多くの人々に慕われた林古溪は、その多様な才能をもって、明治から昭和にかけての日本の文化、特に詩歌と音楽の分野に大きな足跡を残しました。「浜辺の歌」は時代を超えて多くの人々に愛唱されており、彼の名は今なお語り継がれています。

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