横浜スカーフ

横浜スカーフは、神奈川県横浜市で生産されるスカーフの総称です。その歴史は古く、横浜港が開港した1859年頃に絹織物業が始まったことがルーツとされています。最盛期には、その高い品質とデザイン性から世界中で愛され、日本のスカーフ産業を牽引しました。

歴史

黎明期

1859年の横浜港開港後、間もなくして江戸の呉服商、加太八兵衛が横浜で絹織物商を始めました。これが横浜における絹織物産業の始まりです。しかし、当時は攘夷思想を持つ浪人による外国人との取引業者への襲撃が横行し、危険な状況でした。加太商店も一時休業を余儀なくされ、1864年には事業は椎野正兵衛に引き継がれました。

1873年、オーストリア政府がウィーン万国博覧会への出品を日本政府に勧誘した際、椎野正兵衛が絹織物業者として選ばれました。この博覧会での見聞がきっかけとなり、製織技術が向上し、羽二重手拭や寝衣の輸出が始まりました。輸出開始時期については、1880年のメルボルン万国博覧会とする説や、1875年にアメリカの商社からの注文で始まったとする説もあります。

1887年頃には、染色業者による染色が行われ、中村川周辺の主婦たちが「ハンカチ女」と呼ばれ、内職で縁縫いを担当しました。彼女たちは、当時の荷役労働者の日当の半分以上を稼ぎ、休日には手作りのハンカチを首に巻いて伊勢佐木町の芝居見物に出かけたといいます。この芝居小屋は「ハンカチ芝居」とも呼ばれ、当時の風俗を今に伝えています。

輸出拡大期

1887年頃から輸出業者が増え、イギリスをはじめとするヨーロッパ各国に販路を拡大しました。1889年には横浜輸出絹手巾組合が設立され、業界の組織化が進みました。1890年にはフランス人商人のメニールが、本国から技術者を呼び寄せ、羽二重の布地に木版捺染を施したハンカチを製造し、これがフランスで好評を博しました。以降、木版捺染を行う業者が増加し、1892年にはメニールが山下町に染色工場を開設、フランスから輸入した染色機械を使い、日本で初めてモスリンの染色仕上げを行いました。

1891年創業の秋山捺染工場は、型紙と刷毛を用いた更紗捺染に成功しました。これは後のスクリーン捺染の基礎となる技術です。明治中期頃からはミシンが導入され、1894年頃から輸出が急増しました。横浜で絹のハンカチが地場産業として発展した背景には、外国商館の存在、生糸の集積地としての立地、内職従事者や技術者の人材、そして捺染や染色に必要な水利があったことが挙げられます。また、輸出用茶葉の木箱のラベルを印刷していた職人が、ハンカチの捺染も手がけたという説もあります。

関東大震災と復興

1923年9月1日の関東大震災は、横浜の絹織物業界に壊滅的な被害をもたらしました。商社や加工業など631社が被災し、推定被害総額は約5080万円にのぼりました。残った染色工場はわずか3か所でした。多くの絹業者は神戸市に移転し、外国商館も神戸や大阪、あるいは本国に引き上げました。特に、最盛期に60社あったインド商館は、絹織物輸出額の3割を占めており、その消失は大きな痛手でした。しかし、横浜市はインド商館の再誘致に尽力し、1924年には16社が横浜に戻り、年末には工場数、職工数も震災前を上回るまでに復興しました。

スカーフの誕生と戦時統制

1929～1930年頃にはスクリーン捺染の技術が導入され、1934年には、ある絹織物加工店の従業員が外国雑誌でスカーフを知り、ハンカチの絵柄を拡大した見本をイギリス商館に売り込んだところ、大量の注文が舞い込みました。これが、横浜スカーフが輸出されるきっかけとなりました。1937年の支那事変を境に、世界最大の絹織物輸出国であった中国の生産量が激減し、欧米の商人は代替生産地として日本に注目しました。この頃、大岡川や帷子川沿いには捺染工場が多く建てられ、川が染料で赤や青に染まるほどでした。しかし、1943年の企業整備令により、108か所あった染色工場のうち92工場が整理の対象となり、残った工場も軍用衣料の染色工場となりました。1945年の横浜大空襲では、これらの工場の多くが焼失しました。

戦後の復興と全盛期

1947年の貿易再開当初は、戦時中の販路喪失により土産物程度の輸出にとどまっていましたが、やがて輸出が増加し、川沿いの捺染工場も再建されました。しかし、過当競争による品質低下や、アメリカの関税引き上げなど、課題も生じました。1952年には日本輸出スカーフ製造協同組合が組織され、これらの問題に対処しました。内需に関しては、昭和20年代後半の糸へん景気に加え、ラジオドラマ『君の名は』の流行による「真知子巻き」がブームとなり、ロングスカーフの売れ行きが大きく伸びました。しかし、1954年にアメリカで「可燃性織物法」が成立し、横浜スカーフの約70%が輸出不可となり、業界は大きな打撃を受けました。これを受け、繊維・染色業界は難燃加工の研究を進め、品質向上に努めました。

ブランドとの提携と衰退

1955年頃には、ディオールやイヴ・サン＝ローランなどの有名ブランドが横浜スカーフの品質に着目し、委託生産を行うようになりました。化学繊維の登場に対応した捺染技術も開発され、手頃な価格の製品が輸出されるようになりました。1961年には、労働力不足に対応するため自動スクリーン捺染機が導入されました。アメリカの輸入規制に対応するため、アフリカや中近東、東側諸国にも販路を広げ、1976年には輸出額がピークを迎えました。しかし、同年の秋頃から、不況による買い控えやファッションのカジュアル化により、内需が大幅に減少し、捺染業界は傘用布地やエプロンなどに活路を求めました。

1980年代後期から1990年代初頭のバブル景気には、海外ブランドのライセンス生産が主力となりましたが、その後の不況で契約が終了し、2015年には海外ブランドの横浜スカーフは姿を消しました。

現況

捺染会社の数は、昭和末期の約130社から2014年には15～6社にまで減少し、出荷量も最盛期の10分の1程度と推定されています。現存する企業の多くはスカーフ製造以外の業務を主としており、受注がない限りスカーフの製造は行っていません。横浜スカーフは、シルクセンター内のミュージアムショップやランドマークプラザ、横浜赤レンガ倉庫などの小売店で購入できます。また、横浜市工業技術支援センターには、約4万点ものスカーフデザインのアーカイブがあり、電車の座席や土産菓子のパッケージにも採用されています。

椎野正兵衛商店の再興

1945年に2代目が店を閉じた椎野正兵衛商店は、4代目の椎野秀聰が2002年に横浜スカーフを扱う店舗を再興しました。

業界構造

横浜スカーフの製造は、複雑な分業体制によって成り立っています。輸出向け捺染スカーフを例に挙げると、海外からの発注はまず輸出商社にもたらされ、製造業者に発注されます。製造業者は図案をデザイナーに依頼し、承認後、輸出商社は原料となる反物を仕入れ、製造業者に送付します。製造業者は図案に沿った型を製版業者に依頼し、その型とともに反物を捺染工場に送ります。捺染後、水洗業者により余分な染料が洗い流され、整理業者による幅出し・つや出しの工程を経て、製造業者に納入されます。染色が済んだ半製品は、縫製加工業者から内職に出され、縁巻加工が施されます。再度、縫製加工業者に集められ、アイロン掛け・折りたたみ等の仕上げを行い、完成品となります。このように、製造業者は分業のまとめ役として、問屋のような機能を果たしています。

水洗工程

捺染後の水洗工程は、余分な染料と糊を洗い流す重要な工程です。横浜では、水量の豊富な帷子川では人絹などの厚手のもの、水量の少ない大岡川では絹などの薄物の水洗が行われていました。第二次世界大戦後はスクリーン捺染が盛んになり、捺染と水洗の分業が進みました。1954年には、帷子川に近い旭区鶴ケ峰に協同水洗施設が建設されましたが、両河川の水量減少や生活排水の流入により、水洗業者は厚木市や相模原市、平塚市に移転していきました。捺染業者も、水道料金の高い横浜を離れ、地下水が利用できる山形県、秋田県、福島県に移転する業者が多くなりました。

スカーフとハンカチーフ

繊維・染色業界では、24インチ（60.96cm）×24インチ未満の正方形のものをハンカチーフ、10インチ（25.4cm）×24インチ以上のものをスカーフと定義しています。

脚注

参考文献
神奈川経済研究所『地域経済シリーズNo.31 横浜スカーフの概要』神奈川経済研究所、1981年3月20日。
神奈川経済研究所『地域経済シリーズNo.32 横浜スカーフの歴史』神奈川経済研究所、1981年3月20日。
横浜市技能文化会館『特別展横浜スカーフ―木版更紗から現代まで―』横浜市勤労福祉財団、1989年10月14日。
日本輸出スカーフ捺染工業組合『横浜捺染―120年の歩み』日本輸出スカーフ捺染工業組合、1995年12月25日。

外部リンク
横浜スカーフ（横浜繊維振興会）
横浜スカーフ　神奈川県公式観光サイト

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