死海文書

死海文書とは

死海文書は、1947年以降に死海の北西岸にあるクムランなどの洞窟で発見された、972の写本群の総称です。これらの文書は、主にヘブライ語聖書（旧約聖書）と、聖書に関連する様々な文書で構成されています。発見された場所は、当時はイギリスの委任統治領でしたが、現在はヨルダン川西岸地区に位置しています。

「20世紀最大の考古学的発見」とも称される死海文書は、広義にはクムランだけでなく、マサダやエン・ゲディ近くの洞窟で発見された文書断片も含まれます。そのため、文書数には幅があります。死海文書は、ヘブライ語聖書の最古の写本を含み、宗教的にも歴史的にも非常に大きな意味を持ちます。また、第二神殿時代後期のユダヤ教の状況を理解する上で貴重な資料となっています。

文書の大部分はヘブライ語で書かれていますが、約2割はアラム語、ごくわずかにギリシア語やナバテア語の文書も含まれています。素材は主に羊皮紙ですが、一部には牛皮やパピルスも使用されています。文書の成立年代は、内容や書体分析、放射性炭素年代測定などから、紀元前250年頃から紀元70年の間と推定されています。

これらの文書を記したグループ（クムラン教団）については、伝統的にエッセネ派とする説が有力ですが、エルサレムのサドカイ派の祭司とする説や、未知のユダヤ教内グループとする説も存在します。

死海文書の内容は大きく分けて3つに分類できます。

1. ヘブライ語聖書（旧約聖書）正典本文: 全体の約4割を占め、旧約聖書の各書が含まれます。
2. 旧約聖書外典・偽典: エノク書、ヨベル書、トビト記、シラ書など、ユダヤ教の正典として受け入れられなかった文書群です。全体の約3割を占めます。
3. 宗団文書: クムラン教団の規則や儀式書、戦いの書などが含まれ、全体の約3割を占めます。

歴史

発見と変遷

1946年末から1947年初めにかけて、ベドウィンの羊飼いが、クムラン遺跡近くの洞窟で古代の巻物が収められた壷を発見しました。最初の発見については様々な逸話がありますが、真実は定かではありません。

最初に発見された4つの写本は、ベツレヘムの古物商であるカンドーに持ち込まれました。カンドーはシリア正教徒であり、写本をシリア正教会の修道院長であるマー・サムエルに見せました。サムエルは4つの写本を買い取りましたが、同時期にヘブライ大学の考古学者エレアザル・スケーニクも、ベドウィンが発見した別の写本をカンドーから入手しました。スケーニクは、サムエルが他の写本を持っていることを知り、購入を試みましたが交渉は成立しませんでした。

その後、サムエルは写本の真価を確かめるため、アメリカ・オリエント学研究所の研究者ジョン・トレヴァーに鑑定を依頼しました。トレヴァーは写本の書体や語法が古代のものと酷似していることを確認し、サムエルが所持していた写本の写真を撮影しました。

1948年4月、トレヴァーとスケーニクによって、死海周辺で古代の写本が発見されたことが世界に初めて報道されました。この発見は、旧約聖書の最古の写本を1,000年以上遡るものであり、イエス時代のユダヤ教の実態を知る上で大きな期待が寄せられました。

第一次中東戦争勃発後、サムエルは写本をレバノン経由でアメリカに持ち込み、売却を試みました。しかし、真贋が不明であったことや、国家間の所有権トラブルが予想されたため、買い手が見つかりませんでした。

最終的に、サムエルはウォール・ストリート・ジャーナル紙に写本の売却広告を掲載し、イスラエル政府が25万ドルで匿名購入しました。これにより、イスラエルは最初の7つの写本をすべて入手しました。

研究の開始と進展

1947年の発見から2年後、国連休戦監視部隊の将校らが、ベドウィンからの情報をもとに最初の洞窟（第1洞窟）を発見しました。このニュースを受けて、ヨルダン考古局の長官ジェラルド・ランケスター・ハーディングは、エルサレム・フランス聖書考古学学院の所長ロラン・ド・ヴォーを誘い、共同で調査を実施しました。この調査で、数百の写本断片が回収されました。

その後もベドウィンによる写本の発見が続き、1952年には新たに5つの洞窟（第2～第6洞窟）から写本が回収されました。第3洞窟からは、「銅の巻物」と呼ばれる特異な発見物がありました。これは、薄い銅版に文字が刻まれた巻物で、財宝の隠し場所が記されていたとされていますが、実際の財宝は見つかっていません。第4洞窟からは、膨大な量の断片が発見され、600もの巻物が復元されました。これは死海文書全体の約4分の3に相当します。

死海文書の研究は、超教派による国際的な委員会によって行われることになり、ロラン・ド・ヴォーがリーダーを務めました。委員会の研究成果は、『ユダの荒野の発見物』（DJD）叢書として出版されることになりました。1951年からは、ド・ヴォーの指揮によるクムラン遺跡の本格的な発掘調査も開始され、死海文書を作成したのがクムラン教団であるという確証を得ました。

写本への疑義

死海文書の価値については、当初から疑義を唱える学者もいました。フィラデルフィアのドロプシー大学教授ソロモン・ザイトリンは、写本が偽作であると主張しましたが、後の研究で1世紀頃の成立であることが認められました。

最初の出版と委員会の「停滞」

1950年には最初の死海文書が公刊され、その後もスケーニクの監修による写本や、ド・ヴォー率いる委員会によるDJDが出版されました。しかし、1960年代以降、委員会の研究は遅々として進まなくなりました。これは、第1洞窟以外の洞窟から発見された写本のほとんどが大量の断片で、復元に膨大な時間がかかったためです。また、ド・ヴォーが「委員会による公刊まで写本の内容を明かさない」というルールを定めたことも、国際的な非難を浴びました。

委員会内部からも不協和音が生じ、委員のジョン・アレグロは「銅の巻物」の内容に言及した書籍を委員会に無断で出版しました。さらに、アレグロは死海文書がキリスト教の起源に関する重大な発見をもたらすと主張しましたが、後に自身の推論と認めました。1967年の第三次中東戦争も死海文書の研究に打撃を与え、ド・ヴォーのチームは活動を休止しました。

研究の転機

ド・ヴォーの死後、1972年にピエール・ベノワが委員会のリーダーに就任しましたが、出版作業は遅れたままでした。1984年にベノワが辞任し、ジョン・ストラグネルが後を引き継ぎましたが、委員会の人材は枯渇していました。1987年の死海文書発見40周年を機に、死海文書研究と原典公刊の遅延を非難する声が再び高まりました。フランス聖書・考古学研究所はジャン・バッティスト・アンベールをリーダーに調査チームを立ち上げ、ド・ヴォーの調査記録の編纂を開始しました。さらに、イスラエル古代遺跡管理局は、1990年にストラグネルを委員会から外し、エマニュエル・トーヴを新しい委員長に任命しました。トーヴは委員会の人数を増員し、世界中から優れた学者を招聘しました。トーヴのリーダーシップのもと、死海文書の公刊は急速に進展しました。

1991年には、アメリカで保管されていた死海文書の写真が公開され、44年の時を経て初めて死海文書の全容が世界に示されました。

「カトリック教会の陰謀」論の虚偽

1991年、イギリスの作家マイケル・ベイジェントとリチャード・リーは、『死海文書の謎』を出版し、死海文書の出版が進まないのはカトリック教会の陰謀であると主張しました。しかし、この説は学術的に意味がなく、死海文書の研究者によって否定されています。

現状

1991年以降、死海文書の写真版やマイクロフィルム版が公刊され、研究は大きく進展しました。2010年には、イスラエル考古学庁がグーグルと共同で、死海文書のデジタル写真をインターネット上で公開する計画を発表しました。DJDの刊行も進み、2009年には全作業が終了しました。死海文書は、日本でも展示会が開催され、多くの人々がその歴史に触れる機会を得ています。

洞窟と発見された写本の一覧

死海文書が発見されたクムラン周辺の洞窟には、発見順に番号がつけられています。第4洞窟が最も多くの写本が見つかっており、全部で11の洞窟から写本が発見されています。

各洞窟で発見された写本の一覧は、inputに記載の通りです。

内容

死海文書の内容は、大きく分けて以下の3つに分類されます。

1. ヘブライ語聖書（旧約聖書）本文：エステル記とネヘミヤ記を除く旧約聖書のほぼすべての書が含まれています。
2. 旧約聖書外典・偽典：トビト記、シラ書、エノク書、ヨベル書などがあります。
3. 教団文書：ハバクク書註解、ダマスコ文書、共同体の規則、戦いの書などがあります。

意義

死海文書の発見により、聖書テキストが時代を経てどのように変遷してきたかを確認できるようになりました。死海文書以前の最古のヘブライ語写本よりも1,000年以上古い写本が見つかったことで、当時のヘブライ語聖書の流動性が明らかになりました。また、死海文書は第二神殿時代のユダヤ教の実態を理解する上で、非常に重要な資料となっています。

著者の推測

死海文書の著者は誰かについては諸説ありますが、現在有力なのは、クムラン教団の人々とする説です。クムラン教団はエッセネ派であるとする説が一般的ですが、サドカイ派とする説や、その他のユダヤ教分派とする説もあります。

また、一部の研究者は、死海文書がエルサレムで書かれたとする説を唱えています。

さらに、第七洞窟のギリシア語文書断片を新約聖書の一部とする説や、初期キリスト教徒の手によるものとする説も存在します。

最近では、偽物の断片が発見され、死海文書の研究は新たな局面を迎えています。

まとめ

死海文書は、古代の聖書テキストやユダヤ教の歴史を理解する上で非常に重要な資料です。発見当初は謎に包まれていましたが、研究が進むにつれてその全容が明らかになってきています。しかし、まだ解明されていない点も多く、今後の研究が期待されています。

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