永田耕衣

永田耕衣（ながた こうい、1900年2月21日 - 1997年8月25日）は、明治から平成にかけて活躍した俳人です。本名を軍二（ぐんじ）といい、田荷軒主人という別号も持っていました。禅の思想に深く影響を受け、独自の俳句理念に基づいた句作を行ったことで知られています。また、俳句だけでなく、書画にも才能を発揮し、晩年まで精力的な創作活動を続けました。

生涯

形成期

永田耕衣は、兵庫県加古郡尾上村今福（現在の加古川市尾上町今福）に生まれました。父は農業を営む傍ら村役場の職員も務めていました。耕衣は6歳の時、母の妹である永田てい子の養子となり、永田姓を継ぎました。尾上尋常高等小学校を卒業後、兵庫県立工業学校（現在の兵庫県立兵庫工業高等学校）に進学し、機械科を卒業しました。工業学校時代から文芸に親しみ、同級生と回覧誌を作ったり、新派劇や映画を好んで鑑賞したりしていました。

卒業後は三菱製紙高砂工場に就職し、15年間夜勤に従事しました。また、社内の謡曲部に入り、観世流謡曲と都山流尺八を習得しました。1919年には、作業中に抄紙機に右手を巻き込まれ、三指の自由を失うという事故に遭いました。このことが原因で兵役を免除されることになります。治療のため郷里に滞在していた際、泉福寺で行われた禅問答を聞いたことがきっかけで、禅に興味を持つようになりました。

戦前の活動

1920年、赤坂ユキヱと結婚し、後に一男一女をもうけました。高砂市荒井町で社宅に入居し、この頃から毎日新聞兵庫版付録の俳句欄に投句を始めました。その後、大阪の俳誌『山茶花』や『いひほ』に投句するようになり、1927年には相生垣秋津、宮富岳坊とともに俳誌『桃源』を創刊しました。また、武者小路実篤に心酔し、新しき村の機関誌に小説や自由詩を寄稿していました。

『山茶花』に飽きたらず、原石鼎主宰の『塵火屋』、小野蕪子主宰の『鶏頭陣』などに盛んに投句しました。小野蕪子からは骨董趣味の影響を受けました。1935年には、工場内で俳句に関心のある仲間を集め、『蓑虫』を創刊し、主宰しました。同好者40名以上を育成し、『鶏頭陣』に優秀な作者を送り込みましたが、16号で休刊しました。

1937年には、俳句仲間や相生垣秋津らと文化趣味の会「白泥会」を結成しました。柳宗悦の民芸運動に触発され、棟方志功、河井寛次郎らと交流しました。特に棟方志功の芸術思想に深く感銘を受けました。また、『鶏頭陣』を通じて浜田石蓮子と知り合い、山田正平に篆刻の指導を受け、棟方志功に落款を贈呈しました。しかし、1939年に網膜炎を患ったため、篆刻制作を中止しました。

1938年には、俳誌『柿串』の選者となり、1940年には新興川柳誌『龍』に「今福田吉」の筆名で投句し、ほぼ毎号巻頭を飾りましたが、一年でやめました。また、俳誌『蠍座』の主選者も務めました。『文藝春秋』の俳句欄に執筆し、句集の頻発を批判しました。その後、石田波郷主宰の『鶴』に入会し、同人に推されました。新興俳句総合誌『天香』にも投句しましたが、思想弾圧の時勢下で小野蕪子の忠告を受け、諸俳誌への活動を控えました。

1941年からは、社内の青年学校の教師となり、製紙技術や精神主義的教養を教えました。生徒に映画鑑賞を勧めたり、俳句の話をしたりするなど、独自の講義を行いました。思想弾圧を考慮し、一時句作を中断しましたが、「祖牛」の筆名で『鶴』に投句を再開しました。1943年には、太平洋戦争の激化に伴い、社内で座禅会を発足し、毎月、宮崎奕保和尚の指導を受けました。

戦後の活動

1946年、社内短歌誌『れいめい』に短歌を発表しました。俳誌『風』に盛んに投句し、1947年には現代俳句協会の会員となりました。同年、西東三鬼らの発案で「近畿俳句会」が設立され、橋本多佳子、下村槐太ら多くの俳人と交流しました。波止影夫、火渡周平とは頻繁に作品の批評を交わしました。また、東播地方の俳句愛好家を中心に俳誌『飛鳥』を創刊し、指導しました。

1948年、山口誓子の『天狼』同人となり、『鶴』『風』同人を辞め、『飛鳥』を解消しました。1949年には、社内会報としてプリント俳誌『琴座』を創刊しました。

1952年、三菱製紙高砂工場の製造部長に就任しました。1953年には『天狼』を脱退し、『鶴』同人に復帰しました。1955年に三菱製紙を定年退職し、神戸市須磨区に転居しました。その後、毎日新聞兵庫県版の選者や神戸新聞俳句選者などを務めました。1974年に神戸市文化賞、1981年に神戸新聞社平和賞、1985年に兵庫県文化賞を受賞しました。1990年には現代俳句協会大賞、1991年には詩歌文学館賞を受賞しました。

1995年、阪神・淡路大震災で自宅が全壊し、一時閉じ込められましたが奇跡的に救出されました。その後、特別養護老人ホームに移り、車椅子生活となりました。1996年に転倒し左上腕骨を骨折したため、創作活動が困難になりましたが、秋に弟子の金子晉に絶筆となる「枯草の大孤独居士此処に居る」を示しました。1997年、『琴座』を終刊し、同年8月25日に肺炎で亡くなりました。戒名は「田荷軒夢葱耕衣居士」でした。

作品

永田耕衣の作品は、禅的な思想と独自の美意識に基づいた独特の世界観が特徴です。代表的な句として「夢の世に葱を作りて寂しさよ」「朝顔や百たび訪はば母死なむ」「後ろにも髪脱け落つる山河かな」などがあります。

「天狼」時代には「根源俳句」を追求し、山本健吉によって「存在の根源を追及する句」と評されました。耕衣自身は「根源」を「東洋的無」と規定し、のちに禅的な諧謔性を重視した「季語霊」や「定型楽守」といった独自の俳句理念を展開しました。

「朝顔や」の句は実母を詠んだもので、耕衣の母への思いが表れています。他にも「母死ねば今着給へる冬着欲し」など、母を詠んだ句が多数あります。「かたつむり」の句は西東三鬼に絶賛されました。「白梅や」は震災に触発された晩年の句です。

著書

永田耕衣は、数多くの句集や評論集を刊行しました。主な句集として『加古』『傲霜』『驢鳴集』『吹毛集』『與奪鈔』『悪霊』『闌位』『冷位』『殺佛』『殺祖』『物質』『葱室』『人生』『泥ん』『狂機』『自人』などがあります。また、『真風』『永田耕衣全句集 非佛』『耕衣百句』『肉体』などの選集・全句集も刊行しました。評論・自伝としては『山林的人間』『二句勘辨』『陸沈條條』『鬼貫のすすき』『しゃがむとまがり』『一休存在のエロチシズム』『わが物心帖』『田荷軒皮袋』『耕衣自伝』などがあります。

永田耕衣は、その独特な俳句の世界観と、禅的な思想に基づいた深い洞察力で、多くの人々に影響を与えました。彼の作品は、今なお多くの人々に愛され、読み継がれています。

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