永福寺 (別府市)

大分県別府市、鉄輪温泉街の中心部に佇む温泉山永福寺は、時宗に属する仏教寺院です。この寺院は、時宗の開祖である一遍上人による鉄輪温泉の開創伝説と深い関わりを持っています。寺の本堂の向拝には、「日本第一蒸湯開基」と記された額が掲げられており、その歴史的な由緒を示しています。鉄輪温泉街を貫く「いでゆ坂」の中程に位置し、湯治場と共に歩んだ歴史を今に伝えています。また、毎年秋に行われる「鉄輪湯あみ祭り」の中心的な舞台となる寺としても知られています。

歴史的背景と沿革

永福寺の起源は、時宗を開いた一遍上人がこの地を訪れたことに遡ります。伝えられるところによれば、一遍上人は建治2年（1296年）頃に豊後国（現在の大分県）に足を踏み入れ、当時の鉄輪にあった激しい噴気や熱湯が噴き出す「地獄」と呼ばれる場所を鎮め、人々が安全に利用できる湯治場を開いたとされています。その後、この湯治場に大友頼泰という人物が一つの仏堂を寄進し、一遍上人が自身の幼名「松寿丸」にちなんで松寿寺（あるいは松寿庵）と名付けたのが、当寺の始まりとされています。

松寿寺は幾度かの廃絶に見舞われましたが、江戸時代の延享年間（1744年～1748年）に時宗の遊行上人によって再興されました。延享5年（1748年）には、時宗の総本山である清浄光寺（遊行寺）から正式に山号と寺号が許され、時宗の末寺となりました。宝暦8年（1758年）には、清浄光寺から淳盈という僧侶が住職として派遣されて以来、12代にわたって法灯が継承されましたが、明治4年（1871年）には住職が不在となりました。

かつて松寿寺の境内には、湯治場を守護する温泉神社がありましたが、明治3年（1870年）に政府が発令した神仏分離令により、鉄輪温泉街の西方にある丘の上に遷座しました。また、鉄輪温泉の特色である蒸し湯や滝湯は、江戸時代前半には既にその存在が知られていました。特に滝湯は、旧松寿寺の境内であった「渋の湯」に位置しており、永福寺の山号である「湯滝山」はこの滝湯に由来すると考えられています。江戸時代には、松寿寺の維持のために、蒸し湯の入湯料を一部値上げして、その一部を寺の灯明料に充てたという記録も残されており、古くから寺院が温泉と密接に関わってきたことがうかがえます。

現在の永福寺は、明治24年（1891年）に、広島県尾道にあった永福寺の寺号を借り受ける形で、かつての松寿寺の跡地に再興されたものです。大分県内に現存する時宗寺院は、この永福寺のみとなっています。かつて豊前善光寺（宇佐市）も時宗でしたが、江戸時代に浄土宗へと改宗しています。

鉄輪湯あみ祭り

鉄輪湯あみ祭りは、永福寺の長い歴史の中で育まれた伝統的な行事です。江戸時代には、松寿寺において、元旦、春と秋の彼岸、そして一遍上人の命日である8月23日の年4回、一遍上人の座像を温泉に浸して清める「沐浴」の法要が行われていました。この伝統は戦後の昭和35年（1960年）に「鉄輪湯あみ祭り」として現代に復活しました。現在では、新暦における一遍上人の忌日にあたる毎年9月21日から23日にかけて開催されています。祭りの期間中は、可愛らしい稚児行列が温泉街を練り歩き、温泉の恵みに感謝するとともに、一遍上人座像の沐浴などが行われ、多くの観光客や地元の人々で賑わいます。2013年2月15日には、NHK BSプレミアムの番組「新日本風土記」で寺院と祭りの様子が紹介され、改めて注目を集めました。

所蔵文化財

永福寺には、貴重な文化財が伝えられています。中でも、国指定の重要文化財である「紙本著色遊行上人絵 1巻（巻第七）」は特筆されます。この絵巻は、時宗の開祖一遍上人と二祖他阿真教の生涯や事績を描いた全10巻からなる絵巻物で、他阿真教の弟子である宗俊が編纂したと伝えられるものです。同じ一遍上人の事績を描いた12巻本の『一遍上人絵伝』（『一遍聖絵』）と区別するため、「宗俊本」とも呼ばれます。宗俊本の原本は現存しませんが、写本が十数本伝わっており、永福寺本はその一つです。永福寺本は巻第七のみが残されていますが、失われた原本の姿を比較的よく伝えているとされる優れた写本で、南北朝時代の作品とされています。かつては巻末に浄光明寺（鹿児島県？）からの寄付であった旨の銘記があったという記録もあり、廃仏毀釈によって廃寺となった寺院から難を逃れて永福寺にもたらされた可能性が考えられています。この絵巻は、1997年6月30日に重要文化財に指定されました。資料名としては、『遊行上人縁起絵』や『一遍上人絵詞伝』などと呼ばれることもあります。

このほか、寺院の本尊である阿弥陀如来立像（檜材寄木造、像高65cm）は、江戸時代の寺院再興時に安置されたと考えられています。また、一遍上人坐像（木造、像高61.3cm）も江戸時代の作で、かつて湯あみ祭りの際に用いられていたものです。浄土真宗の開祖親鸞の妻である恵信尼の坐像（檜材一木造、像高33.2cm）は室町時代（15世紀）の作と推定され、大正5年（1916年）に茨城県笠間市の西念寺から譲り受けた際の証文が現存しています。さらに、墨書された六字名号（南無阿弥陀仏）が記された「楠の名号」と呼ばれる板があり、宝暦6年（1756年）に住職であった淳盈による朱書の裏書が残されています。

周辺の見どころとアクセス

永福寺の周辺には、一遍上人ゆかりの地が点在しています。例えば、「上人ヶ浜」は、一遍上人が九州に初めて上陸したとされる場所として伝えられています。戦前は「聖人ヶ鼻」と呼ばれており、現在では公園として整備され、別府海浜砂湯も設けられています。別府市内には、上人ヶ浜町をはじめ、上人本町、上人仲町、上人西町、上人南町といった、一遍上人にちなんだ町名が今も残っています。鉄輪温泉街の中には、「上人の湯」という共同浴場があり、入口には一遍上人の像が祀られています。また、別府市の共同温泉である「鉄輪むし湯」も、一遍上人が渋の湯や熱の湯と共に開いたとされる場所であり、受付前には一遍上人の木像が置かれています。

永福寺へのアクセスは、JR九州日豊本線別府駅からバスで約20分、鉄輪バス停留所で下車し徒歩約5分です。また、JR別府大学駅または別府国際観光港からは、タクシーを利用して約10分程度で到着できます。

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