海 (ブリッジ)

海（The Sea）H.100

フランク・ブリッジ（Frank Bridge, 1879-1941）は、イギリスの作曲家、指揮者、ヴィオラ奏者です。彼の管弦楽組曲『海』（英語: The Sea, H.100）は、1910年から1911年にかけて作曲された作品で、時に交響的音詩としても位置づけられています。

この作品は、1911年7月にイースト・サセックス州の海辺の町、イーストボーンに滞在していた際に完成されました。興味深いことに、このイーストボーンという場所は、クロード・ドビュッシーが1905年に海を題材にした有名な交響詩『海』を書き上げた場所と同じです。ブリッジ自身もまた、この作品ゆかりの地に近いイースト・ディーン・アンド・フリストンで、1941年にその生涯を閉じることになります。

『海』の初演は、1912年9月24日にロンドンで開催された名高いプロムス音楽祭にて行われました。ヘンリー・ウッドの指揮のもと、ニュー・クイーンズ・ホール管弦楽団によって演奏されました。作曲者自身もこの作品に愛着を持っていたようで、第一次世界大戦後にはアメリカに渡り、クリーヴランド管弦楽団、デトロイト交響楽団、ボストン交響楽団といった著名なオーケストラを指揮してこの組曲を披露しています。また、ブリッジ自身が指揮した録音も残されており、後世にはチャールズ・グローヴズ、ヴァーノン・ハンドリー、リチャード・ヒコックスといった指揮者たちによっても録音されています。

楽器編成

この組曲は、以下のような大規模なオーケストラのために書かれています。

ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2（A管、B♭管持ち替え）、バスクラリネット（A管、B♭管持ち替え）、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4（F管）、トランペット3（A管、B♭管持ち替え）、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器（トライアングル、スネアドラム、シンバル、バスドラム）、ハープ、弦五部。

楽曲構成

『海』は、全体で約22分間の演奏時間を持ち、以下の4つの楽章で構成されています。初演の際にブリッジ自身がプログラム・ノートに寄せたコメントは、各曲が描写する情景を理解する上で助けとなります。

1. 「海景」（Seascape）: Allegro ben moderato
ブリッジはこれを「海景では夏の朝の海が描かれる。高い波からは陽の光の中に横たわる水面の大きな広がりが姿を見せる。その水面で温かな風が戯れる。」と説明しています。穏やかな夏の朝の海が目に浮かぶような音楽です。

2. 「波の花」（Sea Foam）: Allegro vivo
この楽章について、作曲者は「岸辺の岩肌や潮だまりに波の花が荒々しくなく楽し気に泡を作る。」と述べています。軽やかで活気に満ちた響きで、波が砕ける様子を表現しています。

3. 「月光」（Moonlight）: Adagio non troppo
「夜の凪いだ海。暗い雲を超えて差そうともがいた末、月の光が最初に突き抜けた先には満月にきらめく海原がある。」と描かれるこの楽章は、静寂と神秘的な雰囲気に包まれています。

4. 「嵐」（Storm）: Allegro energico – Allegro moderato e largamente
最終楽章は「風、雨、荒れ狂う海」という言葉で形容され、激しいエネルギーに満ちています。嵐が収まった後には、第1楽章の主題が再び現れ、これはブリッジによれば「海を愛する者の海への献身」として捉えることができるかもしれないとのことです。

影響

この組曲は、後続の作曲家たちに重要な影響を与えました。特に第1楽章「海景」は、アーノルド・バックスが自身の交響詩『ティンタジェル』を作曲する際にインスピレーションを与えたとされています。

しかし、最も特筆すべき影響は、後に20世紀を代表する作曲家となるベンジャミン・ブリテンに与えたものです。ブリテンは、この『海』を聴いて初めてフランク・ブリッジの作品に触れました。1924年10月30日、ノーフォーク・アンド・ノリッジ音楽祭で、ヴィオラの師であるオードリー・オルストンの勧めもあり、ブリッジ自身の指揮による演奏を聴いたブリテンは、その時の衝撃を「ショックを受けた」と後に振り返っています。この体験は、彼が初めて出会う重要な現代音楽の一つとなりました。

ノーリッジ音楽祭の実行委員会もまた、この演奏に深く感銘を受け、1927年の音楽祭に向けてブリッジに新たな作品の委嘱を行いました。これが狂詩曲『春の訪れ』であり、これもまた若いブリテンに大きな影響を与えます。同じ1927年の音楽祭の機会に、ブリテンはオードリー・オルストンを通じてブリッジに面会することができました。この出会いを契機に、ブリッジはベンジャミン・ブリテンを生涯で唯一の作曲の弟子として迎えることになります。

ブリテンの出世作の一つである『フランク・ブリッジの主題による変奏曲』（1937年）は、師への敬意を込めて書かれた作品です。また、ブリテンのオペラ『ピーター・グライムズ』から独立して演奏される有名な「4つの海の間奏曲」の各曲のタイトルにも、『海』の楽章標題との類似点が見られます。このように、ブリッジの『海』は、単なる描写的な組曲としてだけでなく、イギリス音楽史における重要な師弟関係の始まりを告げ、後世の傑作にも影響を与えた作品として、その価値が認められています。

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