無外如大

無外如大（むがいにょだい）

無外如大（むがいにょだい、1223年? - 1298年?）は、鎌倉時代後期の臨済宗の尼僧であり、その生涯は多くの謎に包まれています。しかし、無学祖元のもとで禅を学び、尼五山の中でも最も格式の高い景愛寺を開いたことで、中世・近世を通じて女性の高僧として広く知られています。本記事では、無外如大の生涯、関連する伝承、そして彼女が後世に与えた影響について詳しく解説します。

生涯

無外如大の伝記は複数の資料に登場しますが、内容には混乱が見られ、その生涯は不明な点が多いのが現状です。特に、南北朝時代ごろには既に混乱が生じていたと考えられています。以下では、無外如大の伝記としてよく引用される『延宝伝燈録』（1678年成立）を中心に、彼女の生涯を見ていきます。

名前

『延宝伝燈録』には、無外如大の初名は千代野で、別号を無着と記されています。しかし、千代野という名前は無外如大の死後に別の説話が組み込まれたとする説があり、また別号が無着であったとしても、同号の別人の伝承が混同された可能性も指摘されています。

生没年と家族

『延宝伝燈録』によれば、無外如大は永仁6年（1298年）11月28日に76歳で亡くなったとされています。父親は安達泰盛、夫は金沢越後守某とされています。没年齢については、鎌倉・南北朝時代の史料『無象和尚語録』でも76歳と記されているため、誤りの可能性は低いと考えられています。しかし、没年については他の資料との矛盾が指摘されています。『仏照禅師語録』には、無外如大の没後に白雲慧暁が拈香を行ったと記されていますが、白雲慧暁の没年は永仁5年であるため、無外如大の没年が永仁6年であるとは考えにくいという矛盾が生じています。

また、『延宝伝燈録』の記述に従うと、無外如大は父親である安達泰盛よりも年上となってしまうため、ここでも矛盾が生じます。この点について、研究者の関靖は、父親を泰盛の祖父である安達影盛の誤記であると推測しています。また、山家浩樹は、父親と夫についての記述は同号（無着）の別人の事績が混同されたと推測しています。山家は、無外如大に関連する寺院の由緒などから、無外如大を足利尊氏の母である上杉清子の縁者であると推測しています。

出家

『延宝伝燈録』には、無外如大は夫と死別した後、上京して仏門に入り、資寿精舎（資寿院）を構えたと記されています。この記述は14世紀中頃に成立した『資寿院置文』を引用したものと考えられますが、それによればこれらは無着（金沢顕時の妻）の事績であり、山家浩樹は、無外如大と無着が混同されたことにより無外如大の伝承に入り込んだと推測しています。

出家した時期について『延宝伝燈録』は、無学祖元より戒を受けたと記していますが、無学祖元が来日した弘安2年（1279年）よりも早い時期に、別の誰かに師事して出家していた可能性が高いと考えられています。MIHO MUSEUM所蔵の『尼・無外如大かな文』によれば、文永2年（1265年）10月17日時点で出家をしていた可能性があります。伝説では、「美しい顔を理由に出家を断られたため、熱した鉄棒で自らの顔を焼き、出家を許された」とされていますが、類似する説話は他の禅宗尼僧にも見られるため、史実性は疑わしいとされています。

『延宝伝燈録』によれば、上杉氏と二階堂氏が景愛寺を建立し、無外如大はその第一代に就いたとされています。景愛寺を開山した無外、あるいは如大と名乗る尼僧が居たことは、鎌倉期の史料でも確認でき、ほぼ間違いないと考えられています。景愛寺の建立時期は不明ですが、『宝鏡寺文書』には、建治3年（1277年）に寺地が寄進されたと記されており、この頃に建立されたと考えられています。

『正脈院碑銘』によると、無外如大は弘安8年（1285年）に鎌倉の無学祖元の元に参じたとされています。無学祖元の語録である『仏光国師語録』にも「如大大師請讃（景愛寺長老）」と記されており、当時からその徳を称えられる存在であったことがわかります。近世の伝記によれば、無学祖元が没する直前に無外如大を後継者と認めて自身の「無」の字を与えたとされています。無外如大は建武元年（1334年）に無学祖元の塔所として正脈院を創建しました。正脈院は、後に高師直によって真如寺となるなど、足利将軍家との繋がりが深い寺院です。

没後の評価

無外如大の百年忌では絶海中津が拈香を行うなど、無外如大は夢窓疎石の夢窓派によって長く徳が讃えられ、江戸時代に至ると中世の尼僧の象徴的存在となりました。そのため、「日本で最初に禅僧の資格を得た女性」と称されるようになりますが、舘隆志は、無外如大より前に渡来僧に認められた尼僧が存しており事実ではないと指摘しています。一方で、こうした伝承からも、後世の評価の高さが窺えます。

しかし、明治以降の仏教研究は停滞しており、特に女性である無外如大はその業績に反して研究が進んでいません。無外如大に早くから注目したのは西洋の研究者であり、バーバラ・ルーシュがその代表者とされています。2023年には生誕800年を迎えたため、その遺徳を伝えるべく中世日本研究所が無外如大プロジェクトとして資料集を出版しました。

千代野伝説

『延宝伝燈録』を始めとして、無外如大の初名を千代野（千代能）とする伝承は多いですが、古い史料では確認できません。西山美香は、室町時代末期に成立した『大徳寺夜話』に無外如大と千代野が別々に収録されていることから、この頃までは別人として認識されていたとしています。また山家浩樹は、元々は美濃に伝わっていた千代野伝説が、15世紀中頃に無外如大の伝承に取り込まれたのであろうとしています。

美濃の千代野伝説は、東福寺の僧・大極の日記『碧山日録』に記されています。大極は、美濃国関にある大雄寺に居た時に次のような話を聞いたと記しています。

徳田和夫や米田真理子は、この伝承は奈良絵本などに見られる説話と類似しており、その成立は室町末期（14世紀末）とみられ、熊野信仰圏で発生したとしています。山家浩樹は、宝慈院に美濃紙を扱う商人が出入りしていたこと、あるいは開祖を無外如大とする関市の松見寺に千代野伝説が現在も伝承しているが、その一帯が臨済宗相国寺の所領であったことなどから、15世紀半ばごろに美濃の千代野伝説が無外如大の伝承に取り込まれたと推測しています。

この逸話は白隠の禅画の題材にもなっており「千代のふがたのみし桶の底ぬけてみづたまらねば月もやどらず」の賛が詠まれています。またこの伝承は、鎌倉市の海蔵寺の底脱の井にも見られますが、永井晋は、江戸時代の称名寺の史料に海蔵寺の開祖は無着（安達千代野）と記されており、千代野伝説は安達千代野伝承とも混同されたとしています。

文化財

無外如大に由来する文化財として、宝慈院に伝わる頂相彫刻と、大聖寺に伝わる直筆の書状があります。いずれも鎌倉時代後期のもので重要文化財に指定されています。この2点は景愛寺の住持職に継承されたものとされ、特に頂相彫刻は無外如大が理想の尼僧として崇敬されていたことを示すとされています。このほかにも、無外如大の書状と伝わる文書が数点存在します。

無外如大は、その生涯と伝説を通じて、後世の女性たちに大きな影響を与えた尼僧であると言えるでしょう。

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