牧谿

牧谿（もっけい）

牧谿（生没年不詳）は、13世紀後半の中国、南宋末から元初の時代の僧であり、水墨画家として名を馳せました。法諱は法常、牧谿は彼の号として知られています。俗姓は李。彼の作品は、日本の水墨画に大きな影響を与え、日本で最も高く評価されてきた画家の一人です。

略歴

牧谿は崇慶府の出身で、後に紹興府に移り住んだとされています。禅宗の高僧である無準師範の門下に入ったと伝えられています。南宋の首都、臨安に位置し、風光明媚な西湖の畔にあった六通寺（現在は廃寺）を拠点に活動していました。

中国本土では、牧谿は必ずしも高い評価を受けていたとは言えませんが、賈似道のような有力な政治家との関係があったことから、当時、画家としての地位を確立し、江南山水画の主流に位置づけられていたと考えられます。しかし、彼の死後、中国では次第に忘れ去られ、元代にはすでに「粗放にして古法なし」という酷評がなされていました（元末の絵画史家、夏文彦『図絵宝鑑』巻四など）。文人画が流行するにつれて、牧谿が属する院体画系の絵師や仏教美術は、相対的に低い評価を受けるようになり、牧谿もその影響を受けたと見られています。

牧谿の弟子には蘿窓という画僧がおり、彼の唯一の遺品である「竹鶏図」（東京国立博物館蔵、重要文化財）は、牧谿からの影響を強く示しています。

日本での受容

牧谿の作品は、14世紀初頭の鎌倉時代末には日本に伝わりました。南宋末元初と元末明初の王朝交代による混乱に伴う作品の流出や、日中の禅宗寺院の交流が盛んであったことが背景にあります。牧谿と同門には、無学祖元や兀庵普寧など、来日した中国僧や円爾をはじめとする多くの日本人留学僧がいました。14世紀中頃には、贋作が多数作られるほど人気を博し、当時の文献で単に「和尚」と言えば、牧谿のことを指すほど親しまれていました。記録も数多く残っており、牧谿作品の来歴はかなり正確に知ることができます。

独特な技法によって描かれる、湿潤な大気を彷彿とさせる水墨画は高く評価され、室町時代の水墨画に大きな影響を与え、多くの追随者を生み出しました。早い時期の追随者としては可翁が有名です。15世紀の能阿弥の時代になると、「花鳥図屏風」（出光美術館蔵）のように、牧谿の絵のモチーフを屏風の中に散りばめた作品まで登場しました。牧谿のモチーフの中でも、猿は特に人気があり、雪村や式部輝忠といった関東水墨画の絵師たちも多くの作品を残しています。最も熱心に牧谿を学んだ絵師は長谷川等伯です。「等伯画説」でも多くの項目を牧谿に割き、牧谿の影響を強く受けた作品が数多く残っています。彼の傑作「松林図屏風」も、その成果が結実した作品と見なすことができるでしょう。

現在、牧谿の優れた作品はほぼすべて日本にあり、国宝や重要文化財に指定された作品も数多く存在します。中国・台湾・欧米には、伝称作を含めても牧谿の絵はほとんど存在しません。

代表作

国宝

観音猿鶴図（大徳寺蔵） - 三幅対、絹本墨画淡彩
煙寺晩鐘図（畠山記念館蔵） - 一幅、紙本墨画、伝牧谿（※）
漁村夕照図（根津美術館蔵） - 一幅、紙本墨画、伝牧谿（※） - 米友仁筆「雲山図巻」（クリーブランド美術館）の構図と類似。

重要文化財

遠浦帰帆図（京都国立博物館蔵） - 一幅、紙本墨画（※）
平沙落雁図（出光美術館蔵） - 一幅、紙本墨画（※）
竜虎図（大徳寺蔵） - 二幅、絹本墨画淡彩、1269年
竜虎図（大徳寺蔵） - 二幅、絹本墨画、伝牧谿
芙蓉図（大徳寺蔵） - 一幅、紙本墨画、伝牧谿
栗図・柿図（龍光院蔵） - 二幅、紙本墨画
羅漢図（静嘉堂文庫美術館蔵） - 一幅、絹本墨画
竹雀図（根津美術館蔵） - 一幅、紙本墨画、伝牧谿
柳燕図（徳川美術館蔵） - 一幅、絹本墨画

その他

蘿蔔蕪菁図（三の丸尚蔵館蔵） - 二幅、紙本墨画
老子像（岡山県立美術館蔵） - 一幅、紙本墨画
布袋図（個人像） - 一幅、紙本墨画
江天暮雪図（個人蔵） - 一幅、紙本墨画（※）
洞庭秋月図（徳川美術館蔵） - 一幅、紙本墨画（※）
瀟湘夜雨図（個人蔵） - 一幅、紙本墨画（※）
蜆子和尚図（個人像） - 一幅、紙本墨画
出山釈迦図（個人蔵） - 一幅、紙本墨画
写生巻（台北・国立故宮博物院蔵） - 伝牧谿
瀟湘八景図巻

上記のうち（※）印を付した7図は、元々「瀟湘八景図巻」の断簡です。図巻は全2巻（各4図）で、それぞれの図に詩が添えられていました。足利義満によって8幅の掛物に改装され、徳川家康や松平不昧など、時の権力者や文化人の所蔵を経て伝来しました。徳川吉宗は1728年7月、当時大名家に分蔵されていた八景図を一堂に集め賞玩を試みています。八景の残り1つ（山市晴嵐）は所在不明で、模本のみが残っています。

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