王昭君

王昭君（おう しょうくん）

王昭君（紀元前51年 - 紀元前15年）は、前漢時代の官女で、後に匈奴の君主、呼韓邪単于（こかんやぜんう）と復株累若鞮単于（ふくしゅるいじゃくていぜんう）の妻となった女性です。彼女は、その類まれなる美貌と、平和のために自らを犠牲にした生き方から、中国四大美人（楊貴妃、西施、貂蝉）の一人に数えられています。彼女の物語は、史実と伝説が入り混じり、後世の文学、演劇、絵画などに大きな影響を与えました。

生涯

王昭君は、前漢の元帝の時代、南郡秭帰県（現在の湖北省興山県）の山村に生まれました。その美貌が評判となり、宮中に官女として召し出されました。当時の匈奴は東西に分裂しており、東匈奴の君主であった呼韓邪単于が漢王朝に帰属を求め、婚姻関係を結ぶことを望みました。元帝は宮女の中から王昭君を選び、彼女を匈奴に嫁がせることとしました。王昭君は、呼韓邪単于の妻として寧胡閼氏（ねいこあつし）と称し、一男、伊屠智牙師（いとしがし）を儲けました。伊屠智牙師は後に右日逐王（うじつちくおう）となりました。

呼韓邪単于の死後、匈奴の習慣に従い、王昭君は義理の息子にあたる復株累若鞮単于の妻となり、二女を儲けました。この再婚について、『後[[漢書]]』は、王昭君が帰国を望んだものの、前漢の成帝が「胡の風俗に従うように」と命じたと伝えています。

後世の創作

史実に基づく記録が少ないため、王昭君の生涯には多くの創作が加えられました。特に有名なのは、似顔絵師への賄賂にまつわる話です。

『西京雑記』や『世説新語』によると、宮女たちは似顔絵師に賄賂を贈り、自分の絵を美しく描かせようとしていました。しかし、王昭君は賄賂を贈らなかったため、似顔絵師は彼女の絵をわざと醜く描いたとされています。その結果、王昭君は絶世の美女であったにもかかわらず、元帝の目に留まることはありませんでした。匈奴の王が元帝に宮女を所望した際、元帝は似顔絵を見て最も醜い女性を差し出すことに決め、王昭君が選ばれました。しかし、別れの儀式で王昭君を見た元帝は、その美しさに驚愕しました。約束を撤回することはできず、元帝は悔しがりながらも王昭君を匈奴へ送り出したと伝えられています。その後、似顔絵師の不正が発覚し、処刑されたと言われています。

しかし、この物語には疑問点も多くあります。匈奴は当時の漢にとって重要な外交相手であり、わざと醜い女性を嫁がせるとは考えにくいからです。また、『後[[漢書]]』や『琴操』では、王昭君は長年後宮にいたものの寵愛を受けられなかったことを恨み、自ら匈奴へ嫁ぐことを志願したと伝えています。さらに、『琴操』には、王昭君が前夫との間に生まれた実子との結婚を拒んで服毒自殺したという説も記されていますが、これらの話は後世の創作と考えられています。

これらの物語は、五胡十六国時代や南北朝時代に、異民族に支配されていた漢民族が、自らの境遇を王昭君の物語に託したものではないかと考えられています。さまざまな潤色を加えられた王昭君の物語は、王朝と異民族との狭間で犠牲となり、異文化の地で苦労した薄幸の美女として、文学や演劇の格好の題材となりました。晋代の『王明君辞』、元の馬致遠の雑劇『漢宮秋』などが代表的な作品です。

日本においても、王昭君の物語は『今昔物語集』に取り上げられ、『和漢朗詠集』や『後拾遺和歌集』にも関連する作品が見られます。『源氏物語』にもその影響が見られます。

王昭君は、馬上で琵琶を抱えた姿で描かれることが多いですが、『漢書』などの史書には、彼女が琵琶を弾いたという記録はありません。このイメージは、西晋の傅玄の「琵琶賦」に登場する烏孫公主のために琵琶が作られたという逸話が、王昭君の話と混同されたものと考えられています。

史跡

王昭君の墓の位置は諸説ありますが、内モンゴル自治区フフホト市にあるものが最も有名です。この陵墓は「青塚（せいちょう）」と呼ばれ、周囲には王昭君の故郷の家を再現した建物や庭園、匈奴博物館などが整備され、観光スポットとして人気を集めています。

「青塚」という名称は、李白や杜甫など多くの詩人によって詠まれ、王昭君の墓を指す固有名詞となりました。「青塚」の由来については、王昭君の墓だけが青草で覆われているという伝説によるものとされています。これは、異民族の地に嫁いだ王昭君の魂の再生を願う人々の思いが込められていると考えられています。

王昭君が登場する作品

王昭君を題材にした作品は、詩文、雅楽、絵画、映画、テレビドラマ、歌謡曲など、多岐にわたります。以下に主なものを紹介します。

詩文

「怨詩」（「昭君怨」「怨曠思惟歌」）（『楽府詩集』などに収録。王昭君自身が作ったとされる）
杜甫「詠懐古跡 五首 その三」
李白「王昭君」
白居易「王昭君二首」
白居易「青塚」

雅楽

『王昭君』（明治期に廃絶）

絵画

『王昭君』（菱田春草、1902年、重要文化財）

映画

『王昭君』（1964年、香港、演：林黛）

テレビドラマ

『王昭君』（1984年、香港、演：魏秋樺）
『王昭君』（1988年、台湾、演：宋岡陵）
『王妃 王昭君』（2007年、中国、演：ヤン・ミー）
『クィーンズ 長安、後宮の乱』（2008年、中国、演：バイ・チンリン）

歌謡曲

『王昭君』、『昭君怨』（1946年、中華民国、梁萍）
『王昭君』（1973年、台湾、楊燕）
『琵琶曲』（1986年、台湾、蔡幸娟）
『一代奇女子』（1988年、台湾、金佩姍）


王昭君は、その悲劇的な生涯と美しい伝説によって、今もなお多くの人々に愛され続けています。

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