王辰爾

王辰爾（おうしんに）

王辰爾は、飛鳥時代に活躍した渡来系の人物で、生没年は不明です。別名として智仁とも記され、船史（ふねのふひと）という氏姓を持っていました。彼は、百済の辰斯王の子である辰孫王の後裔とされていますが、この出自には後世の創作という見方が有力です。船氏の祖として知られ、学問、特に儒教の普及に大きく貢献したと伝えられています。

人物

王辰爾の名前が初めて登場するのは、『日本書紀』の欽明天皇十四年（553年）の記事です。そこには、彼が船連の始祖であると記されていますが、出自については触れられていません。後の『続日本紀』には、百済の貴須王の孫であり、応神天皇の時代に渡来した辰孫王の子孫であるとされていますが、これは王仁の出自を模倣した作り話であるとする説が有力です。

また、王仁自身も『論語』や『千字文』を携えて来日し、「ふみの首」の祖になったとされていますが、『千字文』が成立したのは6世紀であるため、5世紀の応神朝には存在しなかったことなどから、これらの記述は後世の創作と見られています。王辰爾と王仁の出自に関する記録は、7世紀から8世紀の為政者たちが、漢字や漢学が中国から百済を経て日本に伝わったという認識を仮託したものと考えられています。王辰爾という名前自体も、王仁を意識して付けられた可能性が指摘されています。

歴史学者の鈴木靖民、加藤謙吉、犬飼隆らは、『日本書紀』における王辰爾の話は、船氏が西文氏の王仁の伝説を模倣して創作したものであり、実際は王辰爾の時代に中国南朝系の百済人が新たに渡来した際の始祖伝承であると指摘しています。また、田中史生は、王辰爾が中国系の「王」姓を持っていることに着目しています。

王辰爾は、欽明天皇十四年（553年）に蘇我稲目の命を受け、船の賦（税）の記録を担当しました。この功績により、船司に任命されるとともに、船史姓を与えられました。

『懐風藻』の序文には、「王仁が応神天皇の御代に啓蒙を始め、辰爾が敏達天皇の御代に教えを広めたことで、人々を儒教へと導いた」と記されています。これは、王辰爾が儒教の普及に重要な役割を果たしたことを示唆しています。

王辰爾は、高句麗からの国書を読み解き、その外交交渉を失敗させ、日本国内における高句麗への不信感を高めたとされています。これは、百済にとって有利な外交を進めるための戦略的な行動であったと解釈されています。

「鳥羽之状」事件

『日本書紀』には、敏達天皇元年（572年）に、王辰爾が高句麗からの上表文を解読したという「鳥羽之状」事件が記載されています。多くの史が解読できなかったこの上表文は、カラスの羽に書かれており、そのままでは読めない状態でしたが、王辰爾は羽を湯気で湿らせて帛に文字を写し取ることで解読に成功したとされています。しかし、この事件は、作り話であるとする説が通説です。当時の中国語の読み書き能力に関する説話として、歴史上の事実とは見なさないのが一般的です。

正史の編纂は、中央集権国家にとって重要な事業であり、その記述は国家の姿勢に沿って行われます。『日本書紀』の記述も、中国に倣って小帝国を目指した大和朝廷の姿勢を反映しています。湯気にあてて文字を読んだという記述は、当時の史たちが古い知識では漢文が読めなかったという事情を示唆していると考えられます。

「鳥羽之状」事件は、作り話である可能性が高く、実際には高句麗から国書を持参した使節が訪れたという事実はあったかもしれませんが、鳥の羽に墨で書かれた暗号という表現は虚構であると考えられます。また、この使節が越国に漂着した後、2年間も放置されていたことも不自然であり、事件そのものが創作である可能性を示唆しています。

子孫・同族

王辰爾の子には那沛故、孫には船王後がおり、子孫は後に連姓に改姓し、さらに一部は御船氏（御船連・御船宿禰）に改姓しています。また、延暦9年（790年）には、百済王仁貞らが菅野朝臣姓を賜ることを請願しており、王辰爾には兄の味沙と弟の麻呂がおり、それぞれ葛井連・津連の祖であるとされています。

『日本書紀』には、王辰爾の甥である胆津が白猪屯倉に派遣され、田部の丁籍を定め、白猪史の姓を授けられたとあります。さらに、王辰爾の弟である牛が津史姓を与えられたとも記されています。これらの記録から、王辰爾の一族が朝廷で重要な役割を担っていたことがわかります。

王辰爾は、船賦の記録を行った功績により船史の氏姓を賜り、甥の胆津は白猪史、弟の王牛は津史の氏姓を賜りました。これらの氏姓は後に連を賜り、さらにその後、船史は宮原宿禰、津史は菅野朝臣、白猪史は葛井連の氏姓を賜っています。これらの氏族は、応神朝に渡来した辰孫王を祖とする伝承がありますが、実際は王辰爾を始祖とする氏族であると考えられています。

系譜

父：塩君または午定君
母：不詳
妻：不詳
男子：那沛故

参考文献

佐伯有清『新撰姓氏録の研究 考證篇第五』吉川弘文館、1983年。
宇治谷孟『日本書紀 （下）』講談社〈講談社学術文庫〉、1988年。
宇治谷孟『続日本紀 （下）』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年。

関連項目

近仇首王

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