璽光尊
璽光尊（じこうそん、1903年 - 1983年）は、戦後の混乱期に特異な存在として注目を集めた宗教団体「璽宇（じう）」の教祖です。本名は長岡良子（ながおか ながこ）といい、明治36年4月22日に岡山県御津郡江与味村（現在の久米郡美咲町江与味）で、大澤ナカ（おおさわ なか、奈賀とも）として農家の家庭に生まれました。
璽宇が公式に示した見解によると、璽光尊は旧岡山藩池田家第13代当主である侯爵池田詮政と安喜子夫人の間に生まれた落胤であるとされました。安喜子夫人は皇族（久邇宮朝彦親王第三王女、香淳皇后の父・久邇宮邦彦王の姉）であったため、この主張が事実であれば、璽光尊は香淳皇后の従姉妹にあたることになります。璽光尊自身も、この出自説を深く信じて疑いませんでした。しかし、「落胤」という言葉が配偶者以外の女性との間に生まれた子供を指すことから、安喜子夫人との子供を指すのは定義から外れる特異な主張でした。
高等小学校卒業後、ナカは見習い看護婦として眼科診療所に勤務しました。20歳で正式な看護師を目指し、神戸の看護婦養成学校で学び、卒業後は再び眼科診療所に戻りました。25歳で日本郵船の社員と結婚し、長岡ナカとなります。結婚して約3年後、彼女は原因不明の高熱を繰り返し発し、仮死状態のような状態になると神について語るようになりました。診断の結果、「ハイネメジン氏病（急性灰白髄炎の一種）」とされました。
昭和9年（1934年）、神からの啓示を受けたと主張し、「永久不変の真理を説いて人々を救済し、非常時における国家に貢献せよ」という使命を与えられたと語り始めます。やがて夫との離縁を求め、夫も妻を崇拝する信者の存在により結婚生活が困難になったため、昭和10年（1935年）頃に別居しました。
離婚後、彼女は慕ってくる信者たちと共に東京市蒲田区で加持祈祷を行う傍ら、大本系の心霊現象研究グループ「菊花会」のメンバーで事業家でもあった峰村恭平と出会います。峰村が昭和16年（1941年）に「璽宇」を創設すると、長岡ナカもこれに参加しました。しかし、主宰者である峰村は事業に失敗して弱気になり、カリスマ性を失いつつありました。対照的に、長岡は落ち着いた威厳ある態度を示し、信者の信望を集めるようになりました。この頃には数人の弟子を抱えていたといいます。
昭和20年（1945年）5月25日の東京大空襲で、璽宇本部として使用していた峰村邸が焼失したことで、峰村は山中湖畔の別荘へ疎開。これにより、璽宇は実質的に長岡が率いる宗教団体へと性格を変えていきました。この頃、名前を長岡良子（ながおか ながこ）と改めます。この改名は、皇族である香淳皇后の名（良子女王）に倣ったものと推測されています。
同年6月25日、神からのお告げがあったとして自らを「璽光尊」と名乗るようになります。終戦後の昭和20年11月15日には教団の結成式を行い、再出発を果たしました。翌昭和21年（1946年）、昭和天皇の人間宣言が行われると、璽光尊は天照大神が天皇から離れ、自身の身体に移ったと宣言。自らが正統な皇位継承者であり、「神聖天皇」であると主張を展開しました。自らの居所を「璽宇皇居」と称し、正式な名称を「天璽照妙光良姫皇尊（あまつしるすてるたえひかりながひめのすめらみこと）」と定めました。
さらに、独自の国家体制の構築に着手します。昭和21年5月には、教団独自の元号として「霊寿（れいじゅ）」を制定し、「昭和」を廃止。国旗や憲法も制定し、私造紙幣まで発行しました。教団内部には「兵部卿」「文部卿」といった役職を設け、仮想の内閣を組織します。同年同月には、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーに対し、直接面会を求める手紙を送っています。
東京において「京浜地方に大地震が起こる」と繰り返し予言し、危険であるとして信徒と共に東京を離れ、「璽宇皇居」と呼ぶ教団本部を石川県金沢市に移しました。当地でも終末思想を説いて信者を増やしていきましたが、璽宇の特異な活動は占領軍総司令部（GHQ）の警戒を招き、日本の警察はスパイを潜入させました。
昭和22年（1947年）1月、警察はポツダム命令違反や詐欺などの容疑で教団の摘発を決定し、「璽宇皇居」を急襲しました。璽光尊や幹部らは食糧管理法違反で逮捕されました。教祖を守ろうとして警察に立ちはだかった、熱心な信者であった元横綱・双葉山こと時津風親方も公務執行妨害の容疑で逮捕されるという一幕もありました。
同年11月、璽光尊は精神鑑定の結果、「誇大妄想性痴呆症」と診断され釈放されました。食糧管理法違反についても、信者からの自発的な献納と判断され不起訴となりました。
この事件を境に、教団の勢いは急速に衰えました。璽光尊一行は東京、静岡、青森、箱根などを転々とした後、最終的には神奈川県横浜市に居を定め、少数の信者と共に晩年を過ごしました。自らを皇室の正統と見なし続けたまま、昭和58年（1983年）8月16日に80歳でその生涯を終えました。
人物像
璽光尊は普段は「璽宇皇居」にこもり、人前に姿を現すことが稀であったため、その実像は謎に包まれていました。璽宇に出入りした経験のある作家、徳川夢声は九条武子似の美人であったと評しています。また、璽光尊を取り調べた石川県警察部の公安課長は、警視庁時代に取り調べた阿部定に似ていたと述べています。
交流のあった人物
多くの著名人も璽光尊の信者であったり、交流があったりしたとされています。
双葉山定次：元横綱。引退翌年の昭和21年に入信しましたが、昭和22年の逮捕事件での釈放後、「夢から醒めた気持ちだ」と語り教団を離れました。
呉清源：囲碁棋士。「昭和の棋聖」と呼ばれた名手で、双葉山と並び教団の著名な信者でした。妻も教団の中心的な役割を担っていました。
* その他、川端康成（小説家）、亀井勝一郎（文芸評論家）、金子光晴（詩人）、下中弥三郎（平凡社創業者）といった文化人とも交流があったといわれています。
璽宇が公式に示した見解によると、璽光尊は旧岡山藩池田家第13代当主である侯爵池田詮政と安喜子夫人の間に生まれた落胤であるとされました。安喜子夫人は皇族（久邇宮朝彦親王第三王女、香淳皇后の父・久邇宮邦彦王の姉）であったため、この主張が事実であれば、璽光尊は香淳皇后の従姉妹にあたることになります。璽光尊自身も、この出自説を深く信じて疑いませんでした。しかし、「落胤」という言葉が配偶者以外の女性との間に生まれた子供を指すことから、安喜子夫人との子供を指すのは定義から外れる特異な主張でした。
高等小学校卒業後、ナカは見習い看護婦として眼科診療所に勤務しました。20歳で正式な看護師を目指し、神戸の看護婦養成学校で学び、卒業後は再び眼科診療所に戻りました。25歳で日本郵船の社員と結婚し、長岡ナカとなります。結婚して約3年後、彼女は原因不明の高熱を繰り返し発し、仮死状態のような状態になると神について語るようになりました。診断の結果、「ハイネメジン氏病（急性灰白髄炎の一種）」とされました。
昭和9年（1934年）、神からの啓示を受けたと主張し、「永久不変の真理を説いて人々を救済し、非常時における国家に貢献せよ」という使命を与えられたと語り始めます。やがて夫との離縁を求め、夫も妻を崇拝する信者の存在により結婚生活が困難になったため、昭和10年（1935年）頃に別居しました。
離婚後、彼女は慕ってくる信者たちと共に東京市蒲田区で加持祈祷を行う傍ら、大本系の心霊現象研究グループ「菊花会」のメンバーで事業家でもあった峰村恭平と出会います。峰村が昭和16年（1941年）に「璽宇」を創設すると、長岡ナカもこれに参加しました。しかし、主宰者である峰村は事業に失敗して弱気になり、カリスマ性を失いつつありました。対照的に、長岡は落ち着いた威厳ある態度を示し、信者の信望を集めるようになりました。この頃には数人の弟子を抱えていたといいます。
昭和20年（1945年）5月25日の東京大空襲で、璽宇本部として使用していた峰村邸が焼失したことで、峰村は山中湖畔の別荘へ疎開。これにより、璽宇は実質的に長岡が率いる宗教団体へと性格を変えていきました。この頃、名前を長岡良子（ながおか ながこ）と改めます。この改名は、皇族である香淳皇后の名（良子女王）に倣ったものと推測されています。
同年6月25日、神からのお告げがあったとして自らを「璽光尊」と名乗るようになります。終戦後の昭和20年11月15日には教団の結成式を行い、再出発を果たしました。翌昭和21年（1946年）、昭和天皇の人間宣言が行われると、璽光尊は天照大神が天皇から離れ、自身の身体に移ったと宣言。自らが正統な皇位継承者であり、「神聖天皇」であると主張を展開しました。自らの居所を「璽宇皇居」と称し、正式な名称を「天璽照妙光良姫皇尊（あまつしるすてるたえひかりながひめのすめらみこと）」と定めました。
さらに、独自の国家体制の構築に着手します。昭和21年5月には、教団独自の元号として「霊寿（れいじゅ）」を制定し、「昭和」を廃止。国旗や憲法も制定し、私造紙幣まで発行しました。教団内部には「兵部卿」「文部卿」といった役職を設け、仮想の内閣を組織します。同年同月には、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーに対し、直接面会を求める手紙を送っています。
東京において「京浜地方に大地震が起こる」と繰り返し予言し、危険であるとして信徒と共に東京を離れ、「璽宇皇居」と呼ぶ教団本部を石川県金沢市に移しました。当地でも終末思想を説いて信者を増やしていきましたが、璽宇の特異な活動は占領軍総司令部（GHQ）の警戒を招き、日本の警察はスパイを潜入させました。
昭和22年（1947年）1月、警察はポツダム命令違反や詐欺などの容疑で教団の摘発を決定し、「璽宇皇居」を急襲しました。璽光尊や幹部らは食糧管理法違反で逮捕されました。教祖を守ろうとして警察に立ちはだかった、熱心な信者であった元横綱・双葉山こと時津風親方も公務執行妨害の容疑で逮捕されるという一幕もありました。
同年11月、璽光尊は精神鑑定の結果、「誇大妄想性痴呆症」と診断され釈放されました。食糧管理法違反についても、信者からの自発的な献納と判断され不起訴となりました。
この事件を境に、教団の勢いは急速に衰えました。璽光尊一行は東京、静岡、青森、箱根などを転々とした後、最終的には神奈川県横浜市に居を定め、少数の信者と共に晩年を過ごしました。自らを皇室の正統と見なし続けたまま、昭和58年（1983年）8月16日に80歳でその生涯を終えました。
人物像
璽光尊は普段は「璽宇皇居」にこもり、人前に姿を現すことが稀であったため、その実像は謎に包まれていました。璽宇に出入りした経験のある作家、徳川夢声は九条武子似の美人であったと評しています。また、璽光尊を取り調べた石川県警察部の公安課長は、警視庁時代に取り調べた阿部定に似ていたと述べています。
交流のあった人物
多くの著名人も璽光尊の信者であったり、交流があったりしたとされています。
双葉山定次：元横綱。引退翌年の昭和21年に入信しましたが、昭和22年の逮捕事件での釈放後、「夢から醒めた気持ちだ」と語り教団を離れました。
呉清源：囲碁棋士。「昭和の棋聖」と呼ばれた名手で、双葉山と並び教団の著名な信者でした。妻も教団の中心的な役割を担っていました。
* その他、川端康成（小説家）、亀井勝一郎（文芸評論家）、金子光晴（詩人）、下中弥三郎（平凡社創業者）といった文化人とも交流があったといわれています。
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