甲州弁

甲州弁（国中弁）について

甲州弁は、山梨県で話されている日本語の方言です。山梨県内でも、御坂山地と大菩薩嶺を境にして、東西で大きく異なる方言が使われています。西側の国中地方では、東海東山方言の一種である国中弁が、東側の郡内地方では西関東方言の一種である郡内弁が話されています。この二つの方言を分ける大きな特徴は、意志や推量を表す表現です。国中地方では「ず」「ずら」を使い、郡内地方では「べー」「だんべー」を使います。

この記事では、国中地方で使われる甲州弁について詳しく解説します。郡内弁については、該当する項目を参照してください。また、早川町奈良田では特殊な方言が使われているため、そちらについては奈良田方言を参照してください。

概要

国中地方は、富士川や街道を通じて駿河国との文化的なつながりが強く、そのため語彙も静岡弁と似ている部分が多く、「ずら」などの表現が共通しています。長野県、山梨県、静岡県の方言をまとめてナヤシ方言と呼ぶこともあります。

江戸時代には、甲府藩主である柳沢氏の家臣、柳沢淇園が随筆『ひとりね』を著し、この中で甲斐の地誌情報とともに50語以上の甲州弁が記録されています。また、宮本定正が嘉永3年（1850年）に著した『甲斐廼手振』にも、いくつかの甲州弁が記録されています。宮本定正は幕末に江戸から甲府に赴任した人物で、宮本久平と同一人物であると考えられています。宮本久平は、甲府学問所の学頭として10ヶ月ほど甲府に滞在しました。『甲斐廼手振』は、『甲斐志料集成』と『甲斐叢書』に翻刻されており、東京大学総合図書館所蔵の「南葵文庫」にも収録されています。この「南葵文庫」本は、誤記が多いことから、宮本定正の自筆本ではないと考えられています。この本には、56語ほどの甲州弁が記録されています。

明治時代には、三田村鳶魚による「甲斐方言考」や自治体史によって、山梨県の方言に関する語彙が紹介されました。戦後になると、山梨郷土研究会や山梨方言研究会、「山梨ことばの会」などが中心となり、甲州弁の研究が進められました。特に、奈良田の方言は独自性が高く、全国的にも注目されています。また、北杜市の金田一春彦記念図書館には、金田一春彦が収集した方言資料が保管されています。

甲州弁を使ったラップ「だっちもねぇこんいっちょし」（「くだらないことを言うな」という意味）がCD化されたこともあります。

音声・アクセント

甲州弁のアクセントは、全体的に共通語に近いですが、母音の無声化は起こりません。アクセントは中輪東京式アクセントです。「山梨県」や「山梨市」のように言う場合は、共通語と同じように平板に発音しますが、「山梨」と単に言う場合は、「ヤマナシ」と第一音にアクセントを置いて発音すると山梨市を指します。同様に、「甲府」を「コウフ」、「清里」を「キヨサト」と発音します。

奈良田方言は、特殊なアクセントを持ち、四つ仮名を区別するという特徴があります。

文法

否定の助動詞は、共通語の「…ない」ではなく、国中地方では「…ん」を使います。郡内方言では「にゃあ（ねえ）」を使います。過去の否定には「…なんだ」を使います。

「…ん」が甲州に分布している理由については、元々長野県の諏訪や松本地域にも「…ん」が使われていましたが、江戸時代に中山道に沿って東から「…ない」が広まったため、甲州に「…ん」が残されたという説があります。長野県の諏訪や松本地域では、過去の否定に「…なんだ」を使うことからも、この説を裏付けることができます。

推量を表すには「…ずら」「…ら」を使います。「ずら」は動詞や形容詞の連体形、形容動詞の語幹、体言に付きます。「ら」は動詞の終止形に付きます。過去の推量には「つら」を使い、用言の連用形に付きます。「つら」がイ音便や撥音便の後に付く場合は「ずら」になります。例えば、「泳ぐずら」は現在の推量を表し、「泳いずら」は過去の推量を表します。郡内方言では、「べえ」を使います。「ずら」の用例は、滑稽本『旧観帖』などにも見られます。『甲斐廼手振』には「そふづらめ」として記載されています。

意志や勧誘を表すには、「…ず」「…ざあ」を使います。どちらも動詞の未然形に付きます。例えば、「さあ、行かざあ」「話を聞かざあ」のように使います。「ず」「ざあ」は国中地方で使われ、郡内方言では勧誘に「べえ」を使います。「ず」は、「どう書かずか」（どう書こうか）のように使われますが、「どう書かっか」のように促音化することもあります。

過去の「…た」が「…とー」となることがあります。この特徴は奈良田方言で特に顕著です。

終助詞の「ちょ」は、動詞の連用形に付き、禁止を表します。これは古語の「そ」が変化したものです。例えば、「あんまり無理をしちょ」（あまり無理をするな）、「そんなに飲んじょ」（そんなに飲むな）のように使います。

禁止の「ちょ」や命令表現の後に、終助詞の「し」を付けることもあります。例えば、「ちゃんと勉強しろし」（ちゃんと勉強しなさいよ）、「へぇ泣いちょし」（もう泣くのはやめようよ）のように使います。

語彙

おばやん - おばさん。
おまん - お前、あなた。
いく - 何。
例：「いく時」（何時）、「いくしょ」（何処）、「いくゆえ」（何故）
かじる - 掻く。
例：「背中かじって」（背中を掻いて）
こう - 来い。
例：「こっちぃこう」（こっちへ来い）
こっちん - こっちが。
こぴっと - 物事がきちんと整っている様子。ちゃんと。しっかりと。
例：「こぴっとしろし」（ちゃんとしろよ）
からかう - 時間をかける、または修理などを試してみること。
例：「パソコンの調子が悪いから、ちょっとからかってみる」
～じゃんけ - ～じゃないか。三河弁などの「～じゃんか」に相当。
ちゅうこん（ちゅこん） - っていうこと。「こと」が撥音化して「こん」になる。
て - あぁ。
てて - うわぁ。
はんで - 急いで。早く。また、「いつも」「頻繁に」という意味でも使う。
例：「はんで車に乗れし」（早く車に乗れよ）
例：「はんでそんなことやってるから」（いつもそんなことやってるから）
ぼこ - 子供。
例：「悪いぼこじゃん」（悪い子じゃないか）

甲州弁に関連した作品など

47都道府犬 - 声優バラエティー番組内で放送された短編アニメ。山梨県は葡萄をモチーフにした山梨犬として登場し、「ワインにされるずらー!!」などと話します。
月曜から夜ふかし - バラエティ番組で、甲州弁が「ブサイクな方言ワースト1」に選ばれ、「おら、田中ちゃんの愛人っつーこんずら」という言葉がスタジオで笑いを誘いました。
ててて!TV - 山梨放送の情報番組。番組名は甲州弁の「てっ」に由来します。甲州弁に関するコーナーや、甲州弁のゆるキャラアニメが放送されています。
甲州弁ラジオ体操 - 甲斐市が制作したラジオ体操。
風林火山 (NHK大河ドラマ) - 武田信玄を主人公にしたドラマ。
花子とアン (NHK連続テレビ小説) - 主人公の故郷である山梨のシーンで、「てっ」「こぴっと」「ずら」などの甲州弁が使われました。

甲州弁を使う有名人

高森奈津美（声優） - 基本は共通語ですが、時々甲州弁が出てしまうことがあります。
三澤紗千香（声優） - 山梨県出身。

参考文献

石川博「上野原町の方言」『甲斐路 No.69』（山梨郷土研究会、1990）
石川博「学芸」『甲斐路 95号 創立六十周年記念特集号』（山梨郷土研究会、1999）
石川博「甲斐の手振」所収方言について」『山梨ことばの会会報 第八号』山梨ことばの会、1995年
飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一『講座方言学 6 中部地方の方言』国書刊行会、1983年

関連図書

五緒川 津平太『キャン・ユー・スピーク甲州弁？』（樹上の家出版、2009年）

関連項目

奈良田方言
秩父弁
ナヤシ方言（長野県方言・伊豆方言・静岡弁・遠州弁）
三河弁

外部リンク

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* ☆うっち～の甲州弁研究所☆ - ウェイバックマシン

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