異本紫明抄

『光源氏物語抄』：『源氏物語』注釈書の謎

鎌倉時代に成立した注釈書『異本紫明抄』は、長らく『紫明抄』の別本と見なされてきました。しかし、近年の研究により、この認識は誤りであることが明らかとなり、現在は『光源氏物語抄』の名称が用いられることが多くなっています。

『紫明抄』との関係性

『異本紫明抄』は、書陵部本やノートルダム清心女子大学本など複数の写本が存在し、その内容は素寂著の『紫明抄』と共通する部分が多いことから、池田亀鑑らによって『紫明抄』の増補改訂版と推測されていました。

しかし、八木意知男、稲賀敬二、堤康夫らの研究により、実は『異本紫明抄』の方が『紫明抄』よりも先に成立しており、『紫明抄』が『異本紫明抄』を多く参照して編纂されたことが判明しました。このため、『異本紫明抄』という名称は誤解を招くとして、近年では内題である『光源氏物語抄』を用いるのが一般的になっています。

成立時期と著者

『光源氏物語抄』の成立時期は、巻一の奥書と巻頭の記述から、1252年（建長4年）から1267年（文永4年）の間と推定されています。

著者は不明です。稲賀敬二は藤原時朝、堤康夫は金沢実時を推測していますが、決定的な証拠はありません。

注釈の内容と特徴

『光源氏物語抄』の注釈は、それまでの諸注釈を集成したものであり、『源氏釈』『奥入』といった既存の注釈書の説に加え、当時の新たな解釈も取り入れています。興味深いのは、『河海抄』の説を全く引用していない点で、これは『光源氏物語抄』が『河海抄』よりも先に成立していたことを示唆しています。近年では、『河海抄』など後続の注釈書に影響を与えていたことが指摘されており、その重要性が再認識されています。また、『源氏物語』本文の引用は河内本に基づいています。

巻構成

『光源氏物語抄』は五巻構成で、各巻は以下の範囲を解説しています。

巻一：桐壺から夕顔まで
巻二：若紫から関屋まで
巻三：絵合から真木柱まで
巻四：梅枝から竹河まで
* 巻五：橋姫から夢浮橋まで

写本と翻刻本

現存する写本としては、書陵部本（宮内庁書陵部蔵本）、ノートルダム清心女子大学本などが知られています。他に実践女子大学山岸文庫本、国文学研究資料館初雁文庫本、東海大学桃園文庫本などもありますが、これらは昭和以降に書陵部本を底本として写されたものです。

翻刻本としては、吉沢義則編『未刊国文古註釈大系 第10冊 異本紫明抄』（書陵部本底本、1937年）と、中野幸一・栗山元子編『源氏釈・奥入・光源氏物語抄』（ノートルダム清心女子大学本底本、2009年）があります。

まとめ

『光源氏物語抄』は、その成立時期や内容から、鎌倉時代の『源氏物語』解釈を知る上で極めて重要な注釈書と言えます。近年の研究によって、その真価が改めて認識されつつあり、今後の研究の発展が期待されます。今後の研究により、著者の特定や、他の注釈書との更なる関係性の解明などが進むことが期待されます。

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