矢田部勁吉

矢田部勁吉（やたべ けいきち）

プロフィール

矢田部勁吉は、1896年（明治29年）3月27日に東京で生まれ、1980年（昭和55年）11月26日に亡くなった、日本の声楽家（バス）であり、音楽教育者です。国立音楽大学の創立メンバーの一人であり、声楽家・矢田部良吉の息子でもあります。

経歴

東京高等師範学校附属中学校（現在の筑波大学附属中学校・高等学校）を卒業後、山田耕筰に師事し、1919年（大正8年）に東京音楽学校（現在の東京芸術大学音楽学部）本科声楽部を卒業しました。その後、ハンカ・ペッツォルトに師事し、同校研究科に進学。在学中には、日本初の四重唱団である「澤崎クヮルテット」を結成し、バスを担当しました。

1922年（大正11年）にはドイツとフランスに留学し、コンラート・フォン・ザヴィロフスキのもとで声楽を研鑽しました。帰国後はオペラ歌手として活躍し、新交響楽団の『フィデリオ』や『フィガロの結婚』などの舞台に立ちました。1924年（大正13年）から1926年（大正15年）にかけて、日本音楽学校や東洋音楽学校（現在の東京音楽大学）で教鞭を執り、東京府立第五中学校（現在の東京都立小石川中等教育学校）でも音楽教師を務めました。

1926年（大正15年）には、私立の音楽学校設立を目指す気鋭の音楽家たちと合流し、東京高等音楽学院（現在の国立音楽大学）の創立に尽力しました。矢田部勁吉の他、ソプラノ歌手の武岡鶴代、音楽マネージャーの中館耕蔵、ピアニストの榊原直、宗教学者で初代学院長の渡邊敢が創立メンバーとして名を連ねています。1930年（昭和5年）に東京高等音楽院で内紛が発生すると、矢田部は「意気をあげる為め」として、バッハの『ミサ ロ短調』の日本初演を企画し、1931年に「第1回バッハ記念第演奏会」と「第2回バッハ記念演奏会」を開催しました。その後も声楽・合唱指導に尽力し、国立音楽大学の声楽科の基礎を築きました。

1946年（昭和21年）には東京音楽学校の講師嘱託となり、同年教授に就任。東京芸術大学と国立音楽大学の両方で教授を務め、後には両大学の名誉[[教授]]となりました。

音楽家としての活動

矢田部は、戦前から外国曲の邦訳を手掛け、マルシュナーの「小夜曲」や、ロシア民謡の「囚人／小川のほとり」、「母なるボルガ」、「ヴォルガの舟歌」、メンデルスゾーンの「うぐいす」、「緑の森よ」など、多くの楽曲の訳詞を行いました。戦時中には、ベートーヴェンの「第九」の日本語版を創出し、バス独唱を務め、録音も残しています。戦後もハイドンの『天地創造』や、アルカデルト（偽作）の『アヴェ・マリア』などの日本語訳詞を手掛けるなど、幅広く活躍しました。

教育者としての貢献

教育者としても、四家文子、原田茂生、下八川圭祐、大久保昭男、栗林義信、長谷川泰子、増山美知子、岩渕嘉瑩、清水邦子、李仁榮（金慶植）、八尋和美、植野雅子、内田忠行、岡田啓子、ロミ・山田、池田不二男、園部為之、溝上日出夫など、数多くの音楽家を育成し、日本の音楽界に多大な貢献をしました。

国立音楽大学では、矢田部の功績を称え、1982年度に「矢田部賞」を創設し、卒業時に優秀な成績を収めた男子学生に授与しています。

その他の活動

1953年から1954年にかけて、全日本[[合唱連盟]]関東支部長を務めました。また、筆名として「嵯峨灰彦」を用いていました。妻は歌人の矢田部正子（旧姓：倉辻）で、息子（養子）に声楽家の鈴木義弘がいます。

矢田部の旧邸は、遠藤新が設計したモダニズム建築として評価されています。また、妻の矢田部正子は、東京音楽学校の同窓である成田為三に「浜辺の歌」を捧げられ求婚されましたが、矢田部との婚約があったため断ったという逸話も残っています。

著作

矢田部は、楽譜や書籍も多数出版しており、後世に多大な影響を与えました。主な著書には、以下のようなものがあります。

世界合唱曲集（1930年）
歓喜の歌（1930年）
ドイツのうた（1956年）
ハイドン『天地創造』
ブラームス歌曲集
発声法

ディスコグラフィー

教員会の歌
母なるボルガ
囚人／小川のほとり
ヴォルガの舟唄
* ベートーヴェン：交響曲第9番


矢田部勁吉は、日本の音楽史において、その卓越した音楽的才能と教育者としての情熱をもって、多大な足跡を残しました。

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