短期現役士官

短期現役士官（たんきげんえきしかん）とは、大日本帝国海軍が、旧制大学や専門学校の卒業者などを対象に、2年間の任期で採用した士官の制度です。正式には「二年現役士官」と呼ばれ、特に第二次世界大戦中に、軍医科、薬剤科、主計科、技術科、法務科など、様々な分野で多くの人材が海軍に供給されました。

制度の沿革

制度導入前

二年現役制度が導入される以前、日本海軍では、主計科士官は海軍経理学校で教育し、軍医科や技術科士官は大学や専門学校の在学者を依託生として採用していました。これらの士官は、期間を定めない「永久服役」が基本でした。

制度導入の背景

1918年、大束健夫主計少佐が人員不足を見越して二年現役制度を提言しましたが、当時は実現しませんでした。しかし、1920年代に入ると、ワシントン海軍軍縮条約による人員整理と軍医志願者の激減が起こり、若手軍医科士官の不足が深刻化しました。そこで、1925年に、軍医科と薬剤科を対象とした二年現役制度が開始されました。

制度の拡大

1936年、ロンドン海軍軍縮条約が失効すると、日本海軍は軍艦の大量建造に着手し、日中戦争も始まり、海軍士官の需要が急増しました。特に、将校相当官の不足が深刻であったため、1937年には、二年現役制度が技術科や主計科にも拡大されました。この制度拡大には、若手技術者を陸軍への徴兵から保護する目的や、海軍への人材囲い込みの意図も含まれていました。

1942年には、法務科にも二年現役制度が導入され、制度の根拠法令も改正されました。同年には、採用時に「見習尉官」を経る制度が導入され、1944年には、現役を経ずに予備役編入が可能となるよう改正されました。

太平洋戦争中の動向

太平洋戦争中、二年現役士官は、将校相当官の大きな割合を占めるようになりました。主計科の場合、海軍経理学校の生徒出身者が年間20人以下だったのに対し、二年現役士官は1938年から1944年まで毎年採用され、その数は増加の一途をたどりました。最終的に、総計3555名が採用され、戦死者は約12%にのぼりました。

養成課程と職務

採用条件

二年現役士官の採用には、それぞれの専門分野の旧制大学や専門学校の卒業資格が必要でした。例えば、軍医科であれば医学部、主計科であれば法学部や経済学部、技術科であれば工学部や理学部などの卒業者が対象でした。また、法務科士官には、大学法学部卒業に加え、高等試験司法科合格が必須でした。

養成方法

二年現役士官の特色は、兵としての訓練期間を経ずに、士官または少尉候補生として任用される点です。当初は、大学卒業者は中尉、専門学校卒業者は少尉に任官されましたが、1942年以降は見習尉官を経て昇進する形に変更されました。

技術系士官は、砲術学校で基礎軍事教育を受けた後、海軍工廠などで実務練習を経験しました。主計科士官は、海軍経理学校で短期集中教育を受けた後、実戦部隊に配属されました。現役期間は2年でしたが、戦時中は延長されることも多く、志願して永久服役となるケースもありました。

職務内容

二年現役士官は、通常の士官と同様に、艦船、海軍航空隊、陸上部隊など、海軍の様々な組織で活動しました。

評価

肯定的な評価

二年現役士官制度は、日本海軍の人事制度において最大の成功の一つと評価されることもあります。特に主計科士官については、海軍外の知識が流入することで、組織のマネジメントが円滑になったと指摘されています。戦後、連合艦隊参謀長を務めた福留繁中将は、敗戦後の処理が成功したのは短現士官のおかげであると述べたといいます。

否定的な評価

一方で、軍隊経験のない一般学生をすぐに士官に任用したことに対して、特に主計科の場合には軍紀の乱れを招いたという批判もあります。海軍経理学校出身の士官からは、経理学校生徒の採用を増やすか、特務士官からの任用を増やすべきだという意見も出ていました。1942年の制度改正で見習尉官教育が導入された背景には、こうした意見への配慮がありました。

その他の評価

二年現役士官制度は、高等教育を受けたエリートを優遇したため、彼らの海軍に対する好感度を高め、戦後も政財官界で海軍を高評価する要因になったという見方もあります。陸軍と比較して、危険で泥まみれの兵隊生活を避けられたことも、この制度が支持された理由の一つです。

主な出身者

二年現役士官の出身者には、各界で活躍した著名人が多数います。

谷村裕（1期・主計科、大蔵事務次官、海軍歴史保存会会長）
澄田智（4期・主計科、日本銀行総裁）
渋谷直蔵 (5期・主計科、衆議院議員、自治大臣)
辻辰三郎 (5期・主計科、検事総長)
松野頼三 (5期・主計科、衆議院議員、労働大臣、防衛庁長官、農林大臣)
中曽根康弘（6期・主計科、内閣総理大臣）
鳩山威一郎（6期・主計科、参議院議員・外務大臣）
永末英一（8期・主計科、民社党委員長）
正力亨 (9期・主計科、読売新聞グループ本社社主)
金子兜太 (10期・主計科、俳人、現代俳句協会会長、日本芸術院会員)
栗栖弘臣（10期・法務科、陸上幕僚長、統合幕僚会議議長）
橋口収（10期・主計科、初代国土事務次官、公正取引委員会委員長）
矢口洪一（10期・法務科、最高裁判所長官）
長岡實（12期・主計科、大蔵事務次官）

まとめ

短期現役士官制度は、旧日本海軍が戦時中の人材不足を補うために導入した画期的な制度でした。専門知識を持つ人材を迅速に戦力化することに成功し、戦後の日本社会にも大きな影響を与えました。しかし、その一方で、軍隊経験のない者を士官に任用することへの批判もありました。この制度は、日本の近代史を語る上で、重要な要素の一つと言えるでしょう。

もう一度検索