短甲

短甲（たんこう/みじかよろい）

短甲は、古代日本の奈良・平安時代に用いられた甲（鎧）の一形式です。小札と呼ばれる短冊状の装甲板を連接する小札甲（または「札甲」）の一種で、現在「胴丸式」と呼ばれている形態を指すと推定されています。しかし、今日一般的に「短甲」と呼ばれているのは、古墳時代に用いられた板甲であり、研究史の中で名称の変遷がありました。

概要

「短甲」という語は、奈良時代の『東大寺献物帳』に「短甲10具・挂甲90領」という記述が見られます。また、平安時代の『延喜式』にも「短甲」と「挂甲」の記述が見られます。これらの史料にみえる「短甲」がどのような姿であったのかは、遺物がほとんど残っていないため明確ではありませんでした。

現在では、史料の分析から、小札を縅紐で連結した小札甲のうち、考古学で「胴丸式」と呼ばれている形態だったと推定されています。しかし、現在「短甲」と呼ばれている古墳時代の板甲は、研究史上の過程で名称が当てはめられたものであり、本来の「短甲」とは設計や構造が一致しないという問題が指摘されています。

古墳時代当時、これらの甲がどのような名称で呼ばれていたかは明らかではありません。

古墳時代以前の甲（木製甲）

現存する板甲は、主に古墳時代の鉄製・金銅製のものですが、近年、弥生時代終末期の遺跡から木製や革製、植物繊維を編んで漆を塗ったものなど、さまざまな有機質材料の板甲も出土しており、「木製短甲」と呼ばれることがあります。

木製甲は、丸太を刳り貫いたものや、方形板を合わせたもので、文様や着色などの装飾が施されているものもあります。弥生時代後期の伊場遺跡から出土した木製甲には、同心円文や渦巻文などが刻まれ、赤色顔料や黒漆で塗り分けられています。これらの木製甲は、実戦用ではなく祭具用と考えられています。

ただし、弥生時代の木製甲を「木製短甲」と呼ぶことに対しては、古墳時代の鉄製板甲との系譜関係を前提としている点や、奈良時代の甲冑の名称である「短甲」を古墳時代の甲冑に使用することが誤用であるという指摘がある中で用いられている状態であることから、「二重の誤用」であるという批判があります。

古墳時代の板甲（短甲）

今日、一般的に「短甲」と呼ばれている甲は、古墳時代のものである板甲を指します。

研究略史

古墳出土甲冑についての考古学的な研究は明治時代に始まりました。初期には、小札甲が「短甲」であろうと報告されましたが、その後、板造り形式の甲が「短甲」として報告され、古墳時代の板甲を「短甲」、小札甲を「挂甲」と呼ぶ傾向が定着していきました。

末永雅雄は、板造り甲と札造り甲の形態的・技術的な分析と分類を行い、「短甲」「挂甲」の形式名を定め、今日まで引き継がれる甲冑研究の基礎を築きました。古谷毅は、横長の帯状鉄板を綴じ合わせた構造を「帯金式甲冑」という用語で表現しました。

その後も、多くの研究者によって編年や分類案についての研究が進められています。

構造・年代

板甲は、古墳の副葬品として出土し、埴輪や石人にも着装した姿が見られます。日本全土に普及していたと考えられており、朝鮮半島でも伽耶地域でのみ出土しています。

日本の板甲は、枠に板を革紐で綴じたり鋲で留めて造られており、同時期に用いられた小札甲とは異なり、日本独特の形式と考えられています。

板甲は、原則として肩から腰の胴体を保護するものですが、草摺や頸甲、肩甲が付属している例もあります。古墳時代には鉄製板甲が出現し、横矧板鋲留が安定した形式として普及しました。6世紀には出土遺物としては見られなくなり、小札甲に代わられています。

4世紀初めから中頃までの日本で普及していたのは「方形板革綴短甲（板甲）」であり、「横矧板鋲留短甲（板甲）」の普及は4世紀末から5世紀にかけてです。

横矧板鋲留短甲（板甲）の出土量は、方形板革綴短甲（板甲）の十数倍にも達し、より多くの武装を可能にしました。

用語の問題

古墳時代甲冑の形式名称は、奈良・平安時代の文献史料にある語を引用して成立しましたが、美術史学者や甲冑研究者から問題が指摘されています。

宮崎隆旨は、『東大寺献物帳』などの史料から、「挂甲」「短甲」はともに小札甲であり、「挂甲」は「裲襠式挂甲」、「短甲」は「胴丸式挂甲」を表していると分析しました。橋本達也は、古墳時代の甲冑に対して文献からの誤用が指摘される「短甲」「挂甲」の語を使用し続けるのは不適切であるとして、「板甲」「札甲（または小札甲）」とするべきだと提言しています。

古墳時代～古代の甲冑に対して「小札甲（札甲）」や「板甲」を使用する研究者は増加しています。

奈良時代の短甲（胴丸式小札甲）

本来の「短甲」の語があてはまる甲冑ですが、文献にのみ残る存在のため、その姿は明らかではありませんでした。しかし、現代の研究により、古墳時代の板甲とは全く関係のない小札造りの形態であり、考古学で「胴丸式挂甲」と呼ばれているものであろうとされています。

奈良時代の短甲は、様々なパーツが付属した皆具の甲であると考えられています。

脚注

参考文献参照

参考文献

小杉榲邨「上古の甲冑」『考古學會雑誌』第2巻第4号、考古學會、1898年8月
沼田頼輔「備中小田郡眞山古墳発見の鎧について」『考古界』第1巻第2号、考古學會、1901年7月
高橋健自『考古學』聚精堂、1913年8月
末永雅雄『日本上代の甲冑』岡書院、1934年12月
小林行雄『古代の技術-続』塙書房、1964年11月
山上八郎、山岸素夫「日本の甲冑略史」『鎧と兜』保育社、1975年12月
宮崎隆旨「文献から見た古代甲冑の覚え書き-「短甲」を中心として-」『関西大学考古学研究室開設参拾周年記念・考古学論叢』関西大学、1983年3月
笹間良彦『日本甲冑大図鑑』柏書房、1988年6月
山岸素夫、宮崎眞澄「上代」『日本甲冑の基礎知識』雄山閣出版、1990年8月
田中琢 著、児玉幸多・林屋辰三郎・永原慶二 編『倭人争乱（日本の歴史2）』集英社、1991年7月
橋本達也「古墳時代前期甲冑の技術と系譜」『雪野山古墳の研究』八日市市教育委員会、1996年3月
津野仁「古代小札甲の特徴」『兵の時代』横浜市歴史博物館、1998年10月10日
宮崎隆旨「令制下の史料からみた短甲と挂甲の構造」『古代武器研究』第7巻、古代武器研究会、2006年12月28日
橋本達也「古墳時代甲冑の形式名称-「短甲」・「挂甲」について-」『考古学ジャーナル』第581巻、ニューサイエンス社、2009年1月30日
中西立太『日本甲冑史（The history of Japanese armor）上巻』大日本絵画、2008年8月

関連項目

甲冑
古墳時代
武具
挂甲
衝角付冑
眉庇付冑
埴輪 短甲の武人

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