磁石の山

磁石の山（磁石島）の伝説：鉄を引き寄せる神秘の山

磁石の山、または磁石島とは、その名が示す通り、強力な磁力によって鉄を引き寄せると信じられていた山の伝説です。この伝説は、古代から人々の想像力を掻き立て、多くの物語や地図に登場しました。船を引き寄せ、羅針盤の針を狂わせるという、その神秘的な力は、人々の畏怖の念と好奇心を刺激しました。

インド近海の磁石の山伝説

磁石が鉄を引きつける現象は、古代から知られていました。そして、磁石の山に関する伝説もまた、古代から伝えられてきました。古代ローマの博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスは、著書『博物誌』の中で、インド洋にあるとされる磁石の山について言及しています。また、クラウディオス・プトレマイオスの『地理学』にも、マニオライという場所の近くに磁石の山があるという記述があります。このマニオライはモルディブ諸島を指すという説もありますが、正確な位置は不明です。

中国の文献にも、磁石の山の記述が見られます。呉の万震が著した『南州異物志』には、句稚国の北東にある海域に磁石が多く、船の航行を妨げると書かれています。

これらの話が広まった背景には、インド洋で鉄を使わないダウ船が使われていたことが考えられます。1世紀に書かれた『エリュトゥラー海案内記』には、マダラタという鉄を使わない船が紹介されており、そのような船を見た航海者たちが、磁石の山の伝説を作り上げたという説があります。

10世紀後半に編纂された『インドの驚異譚』には、中国の川に磁石の山々があり、鉄を積んだ船を吸い寄せると記されています。また、14世紀のジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』には、インドの皇帝プレスター・ジョンの領海に磁石の岩があるため、船に鉄が使えないと書かれています。15世紀の『聖ブランダン航海譚』にも、磁石によって鉄を引き寄せる「粘りつく魔の海」の話が登場します。これらの書物は、フィクションとノンフィクションの境があいまいですが、当時、磁石の山は事実として信じられていました。

1492年にマルティン・ベハイムが作成した地球儀には、プトレマイオスが語ったマニオライ諸島が描かれ、磁石があるために鉄の船は航行できないと記されています。しかし、1498年にヴァスコ・ダ・ガマによってインド航路が開拓され、インド洋の知識が広まると、磁石の山の記述は地図から姿を消しました。

北極圏の磁石の山伝説

大航海時代に入ると、磁石の山がある場所は、インド周辺から北極圏へと移動しました。これは、方位磁針が常に北を指す事実と関連があります。1088年ごろ、宋の沈括は『夢渓筆談』の中で、磁石で擦った鉄が南北を指すことを記録しています。ヨーロッパでは、12世紀末には磁石で擦った鉄が航海に使われていました。

16世紀のヨハン・ルイシュが作成した世界地図には、北極圏に磁石の山が描かれており、その場所では羅針盤が役に立たず、鉄製の船は航行できないと記されています。また、磁石の山に向かって沈み込むような海流も描かれており、これはロフォーテン諸島の渦潮と磁石の力が結びついたと考えられています。

他にも、オラウス・マグヌスは『北方民族文化誌』で、北極に方位を決定する磁石の山があると記しています。ジローラモ・フラカストロやフランキスクス・マウロリクスも、北極圏の磁石の山について言及しています。

磁石の山の存在が信じられた理由の一つに、方位磁針が北を指すという事実がありました。人々は、方位磁針が北を指すのは、北極圏にある磁石の山に引っ張られているからだと考えました。しかし、15世紀以前には磁石の力は天の極や北極星から来ると考えられていたため、磁力源を地球上の点に位置づけることは、当時としては画期的な発想でした。

磁極の発見

磁石の山の伝説は、ゲラルドゥス・メルカトルによって大きな転換点を迎えました。メルカトルは、磁気偏角（方位磁針の指す方向が真北からずれる現象）に着目し、磁石が天の極や北極星を指すのではなく、地球上のある地点を指していると考えました。彼は磁気偏角の観測値からその地点を割り出し、1587年と1595年に作成した地図に「磁極」と記しました。この磁極は山のように描かれていますが、従来の磁石の山のように危険な存在とはされていません。メルカトルの研究は当時あまり受け入れられませんでしたが、後に地球が巨大な磁石であるというウィリアム・ギルバートの理論につながりました。

メルカトルの1595年の地図には、磁石の山ルペス・ニグラの周辺に「グリーンランドほどの島」が4つ描かれ、そのうち1つの島には小人が住んでいるとされています。また、アニアン海峡やクロッカー島など、実在しない島々も描かれています。

フィクションにおける磁石の山

磁石の山は、フィクションにおいても度々取り上げられています。『千夜一夜物語』では、船を吸い寄せる磁石の山が登場します。また、ペトラルカの詩やゲーテの『若きウェルテルの悩み』にも、磁石の山の記述があります。ジュール・ヴェルヌの『氷のスフィンクス』では、磁石の山は南極大陸に存在するという設定になっています。これは、南極が当時、未知の場所だったため、物語の舞台に選ばれたと考えられます。

磁石の山は、古くから人々の想像力を掻き立ててきた存在でした。その伝説は、探検家たちの冒険心を刺激し、多くの物語や地図に影響を与えました。そして、磁極の発見によって、その伝説は科学的な概念へと昇華したのです。

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