算法少女 (小説)
遠藤寛子による少年少女小説『算法少女』は、安永4年（1775年）に刊行された同名の和算書を着想源として、1973年に岩崎書店から世に出ました。長い時を経て2006年には、ちくま学芸文庫より復刊されています。
著者の遠藤は、幼い頃に父から聞いた「日本にも難しい算術の本を書いた女の子がいる」という話に触発されました。工業化学技術者だった父が蒐集していた幕末・明治期の理化学書に囲まれ、パスカルの逸話に感動した娘に、父は和算書『算法少女』の存在を教えたのです。この言葉が、少女時代の遠藤の心に深く刻み込まれました。
長じて教師となり、児童文学を手がけるようになった遠藤は、数十年の時を経ても色褪せない『算法少女』への思いを抱き続けました。国立国会図書館で復刻版を借り受け、まだコピー機が普及していない時代に薄紙に書き写すという熱心さでした。専門外である数学を扱うため、同僚教師をはじめ多くの人々の協力を得て、数年の歳月をかけてこの小説は完成しました。
物語の舞台は題材となった和算書と同じ安永4年（1775年）に設定されています。和算という独特なテーマを扱いながらも、少女小説として構成されており、和算の知識がなくても楽しめる工夫が凝らされています。当時の江戸の風俗描写に優れ、時代小説としても秀逸であると同時に、主人公を監視する謎の武士や、密書を携えた少年といったサスペンス要素も盛り込まれています。物語の終盤には意外な展開も用意されており、読者を飽きさせないエンターテイメント性も持ち合わせています。
主人公の少女あきと、特定の流派に属さない算法家である父・桃三の関係は、著者と父の関係を彷彿とさせます。また、「九九を知らない子が一人でもいないように」というあきの情熱は、教育者としての遠藤自身の姿が投影されているかのようです。
あらすじ
物語は、13歳の少女あきが友達と浅草寺を訪れる場面から始まります。そこで彼女は、旗本の子弟である水野三之助が奉納しようとしていた算額の誤りを、思わず指摘してしまいます。日頃から師である関流宗統・藤田貞資の直弟子であることを誇っていた三之助は激怒。あきは一度は事を収めようとしますが、三之助の執拗な態度に対し、父譲りの算法の才で彼を論破してしまいます。
この出来事が評判となり、算法家としても知られる久留米藩主・有馬頼徸から、あきを姫君の算法指南役として召し抱えたいとの話が舞い込みます。貧しい子供たちのための塾を開く資金を稼ぐため、あきは不本意ながらこの申し出を受け入れます。しかし、有馬家には三之助の師である藤田貞資も仕えており、藤田は関流の面子にかけて、別の算法に長けた少女・中根宇多を呼び寄せ、あきに勝負を挑みます。
主な登場人物
千葉あき: 本作の主人公。13歳。父から算法の手ほどきを受け、その才能を開花させる。流派の争いとは無縁の純粋な思いで算法を捉え、貧しい子供たちに無償で教えている。
千葉桃三: あきの父。上方出身の町医者で、特定の流派に属さない算法家。世俗に囚われない隠者を気取っているが、人情家で貧しい人々を無料で診る。算法研究に没頭し、家計を逼迫させてしまう。
谷素外: 桃三の幼馴染。談林派の俳人。世事に長け、有馬家など武家との縁故を持つ。あきの算法指南役の件や、後に持ち上がる盗用疑惑の解決にも力を貸す。
水野三之助: 旗本の子弟で、藤田貞資の直弟子。プライドが高く、あきに算額の誤りを指摘されたことで恨みを抱く。
有馬頼徸: 久留米藩主。算法家としても著名。あきの才能を聞きつけ、指南役として招こうとする。
藤田貞資: 有馬家家臣で、当時の算法最大流派である関流の宗統。流派の権威を守るため、あきに対抗して中根宇多を差し向ける。
中根宇多: 算法を得意とするもう一人の13歳の少女。あきと算法で勝負することになる。
山田多門: あきや子供たちが集まる木賃宿に出没する謎の武士。実は有馬家家中の侍。
伊之助、万作: 木賃宿に滞在する祖父と孫。物語の鍵を握る存在。
本多利明、鈴木彦助: あきに影響を与える算法家たち。鈴木彦助は後に最上流を開く会田安明。
評価と復刊
刊行翌年の1974年、『算法少女』はサンケイ児童出版文化賞を受賞し、数学教育の現場でも歓迎されました。推理小説の評論家からも注目されるなど、多様な分野で高く評価されました。
しかし、出版から10年以上が経過すると、本書は絶版となります。その後、都立戸山高校の教諭が生徒への課題に本書を用いたり、復刊ドットコムへの登録によって多くの票が集まるなど、復刊を望む声が高まります。2004年の「和算の贈り物」イベントでの講演や、月刊誌『数学セミナー』元編集者の尽力もあり、2006年にちくま学芸文庫から30年ぶりに復刊を果たしました。
本書は2008年度の日本数学会出版賞も受賞しており、「和算のみならず学問の魅力が一般向けに描かれていること」「誰にでも楽しめる数学啓蒙書であること」などが評価理由として挙げられています。
メディア展開
漫画: 2010年から2014年にかけて、歴史・時代漫画雑誌『コミック乱』にて秋月めぐるによる漫画版が連載され、単行本も刊行されました。
アニメ: 2015年には制作工房赤の女王によってアニメ映画化され、2016年に公開されました。
小説『算法少女』は、江戸時代の和算の世界を背景に、一人の少女の成長と活躍、そして学問への純粋な情熱を描き出し、時代を超えて多くの読者に愛される作品となっています。
著者の遠藤は、幼い頃に父から聞いた「日本にも難しい算術の本を書いた女の子がいる」という話に触発されました。工業化学技術者だった父が蒐集していた幕末・明治期の理化学書に囲まれ、パスカルの逸話に感動した娘に、父は和算書『算法少女』の存在を教えたのです。この言葉が、少女時代の遠藤の心に深く刻み込まれました。
長じて教師となり、児童文学を手がけるようになった遠藤は、数十年の時を経ても色褪せない『算法少女』への思いを抱き続けました。国立国会図書館で復刻版を借り受け、まだコピー機が普及していない時代に薄紙に書き写すという熱心さでした。専門外である数学を扱うため、同僚教師をはじめ多くの人々の協力を得て、数年の歳月をかけてこの小説は完成しました。
物語の舞台は題材となった和算書と同じ安永4年（1775年）に設定されています。和算という独特なテーマを扱いながらも、少女小説として構成されており、和算の知識がなくても楽しめる工夫が凝らされています。当時の江戸の風俗描写に優れ、時代小説としても秀逸であると同時に、主人公を監視する謎の武士や、密書を携えた少年といったサスペンス要素も盛り込まれています。物語の終盤には意外な展開も用意されており、読者を飽きさせないエンターテイメント性も持ち合わせています。
主人公の少女あきと、特定の流派に属さない算法家である父・桃三の関係は、著者と父の関係を彷彿とさせます。また、「九九を知らない子が一人でもいないように」というあきの情熱は、教育者としての遠藤自身の姿が投影されているかのようです。
あらすじ
物語は、13歳の少女あきが友達と浅草寺を訪れる場面から始まります。そこで彼女は、旗本の子弟である水野三之助が奉納しようとしていた算額の誤りを、思わず指摘してしまいます。日頃から師である関流宗統・藤田貞資の直弟子であることを誇っていた三之助は激怒。あきは一度は事を収めようとしますが、三之助の執拗な態度に対し、父譲りの算法の才で彼を論破してしまいます。
この出来事が評判となり、算法家としても知られる久留米藩主・有馬頼徸から、あきを姫君の算法指南役として召し抱えたいとの話が舞い込みます。貧しい子供たちのための塾を開く資金を稼ぐため、あきは不本意ながらこの申し出を受け入れます。しかし、有馬家には三之助の師である藤田貞資も仕えており、藤田は関流の面子にかけて、別の算法に長けた少女・中根宇多を呼び寄せ、あきに勝負を挑みます。
主な登場人物
千葉あき: 本作の主人公。13歳。父から算法の手ほどきを受け、その才能を開花させる。流派の争いとは無縁の純粋な思いで算法を捉え、貧しい子供たちに無償で教えている。
千葉桃三: あきの父。上方出身の町医者で、特定の流派に属さない算法家。世俗に囚われない隠者を気取っているが、人情家で貧しい人々を無料で診る。算法研究に没頭し、家計を逼迫させてしまう。
谷素外: 桃三の幼馴染。談林派の俳人。世事に長け、有馬家など武家との縁故を持つ。あきの算法指南役の件や、後に持ち上がる盗用疑惑の解決にも力を貸す。
水野三之助: 旗本の子弟で、藤田貞資の直弟子。プライドが高く、あきに算額の誤りを指摘されたことで恨みを抱く。
有馬頼徸: 久留米藩主。算法家としても著名。あきの才能を聞きつけ、指南役として招こうとする。
藤田貞資: 有馬家家臣で、当時の算法最大流派である関流の宗統。流派の権威を守るため、あきに対抗して中根宇多を差し向ける。
中根宇多: 算法を得意とするもう一人の13歳の少女。あきと算法で勝負することになる。
山田多門: あきや子供たちが集まる木賃宿に出没する謎の武士。実は有馬家家中の侍。
伊之助、万作: 木賃宿に滞在する祖父と孫。物語の鍵を握る存在。
本多利明、鈴木彦助: あきに影響を与える算法家たち。鈴木彦助は後に最上流を開く会田安明。
評価と復刊
刊行翌年の1974年、『算法少女』はサンケイ児童出版文化賞を受賞し、数学教育の現場でも歓迎されました。推理小説の評論家からも注目されるなど、多様な分野で高く評価されました。
しかし、出版から10年以上が経過すると、本書は絶版となります。その後、都立戸山高校の教諭が生徒への課題に本書を用いたり、復刊ドットコムへの登録によって多くの票が集まるなど、復刊を望む声が高まります。2004年の「和算の贈り物」イベントでの講演や、月刊誌『数学セミナー』元編集者の尽力もあり、2006年にちくま学芸文庫から30年ぶりに復刊を果たしました。
本書は2008年度の日本数学会出版賞も受賞しており、「和算のみならず学問の魅力が一般向けに描かれていること」「誰にでも楽しめる数学啓蒙書であること」などが評価理由として挙げられています。
メディア展開
漫画: 2010年から2014年にかけて、歴史・時代漫画雑誌『コミック乱』にて秋月めぐるによる漫画版が連載され、単行本も刊行されました。
アニメ: 2015年には制作工房赤の女王によってアニメ映画化され、2016年に公開されました。
小説『算法少女』は、江戸時代の和算の世界を背景に、一人の少女の成長と活躍、そして学問への純粋な情熱を描き出し、時代を超えて多くの読者に愛される作品となっています。
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