緒方春朔

緒方春朔（おがた しゅんさく）は、江戸時代中期に活躍した医学者です。寛延元年（1748年）に筑後国久留米（現在の福岡県久留米市）で生まれ、文化7年（1810年）に63歳で没しました。春朔は通称で、諱は惟章（これあき）、号は済庵、洞雲軒と称しました。

春朔は、久留米藩士小田村甚吾の次男として生まれましたが、後に久留米藩医の緒方元斉の養子となりました。医学の道を志し、若い頃から長崎に遊学し、蘭方医の吉雄耕牛のもとで医学を学びました。

天明年間（1781年～1788年）には、先祖ゆかりの地である筑前国秋月（現在の福岡県朝倉市秋月）に移住。当初は上秋月村の大庄屋、天野甚左衛門の家に身を寄せていましたが、寛政元年（1789年）に秋月藩8代藩主の黒田長舒に召し抱えられ、藩医となりました。

春朔は長崎で学んでいた頃から種痘に関心を抱き、清の医学書である『医宗金鑑』を基に研究を進めていました。彼が研究していた種痘法は、天然痘患者から採取した膿（痘痂）を用いる人痘法と呼ばれるもので、エドワード・ジェンナーが考案した牛痘法よりも6年早く始められました。当時、『医宗金鑑』に記されていた方法は、銀の管を用いて粉末状にした痘痂を鼻から吹き入れるものでしたが、春朔はこれを改良し、木製のへらに盛った痘痂の粉末を鼻孔から吸引させる方法を考案しました。

寛政元年（1789年）から翌年にかけて秋月藩で天然痘が流行した際、春朔は自らが診察した患者から痘痂を採取し、天野甚左衛門の子供二人に初めて種痘を実施しました。子供たちは接種後、一時的に天然痘の症状を発症しましたが、約10日ほどで回復しました。

寛政5年（1793年）、春朔は自身の研究成果をまとめた医学書『種痘必順弁』を著しました。この書物は、一般の人々にも種痘について理解してもらえるように、当時としては珍しく和文で書かれていました。当時の医学書は漢文で書かれることが一般的でした。

春朔は、自らが考案した種痘法を秘伝とせず、教えを請う者には分け隔てなく学ばせました。その結果、彼の名声は高まり、日本各地から門弟が集まるようになり、その3分の1近くが諸藩の藩医であったとされています。

種痘を広めるために尽力した春朔は、人々から「医聖」と称えられるようになりました。文化7年（1810年）に亡くなり、秋月の長生寺に埋葬されました。その功績を称え、大正5年（1916年）には正五位が追贈されています。昭和2年（1927年）には朝倉郡医師会（現在の朝倉医師会）によって記念碑が旧秋月城内に建立されました。さらに、朝倉市の朝倉医師会病院には、平成2年（1990年）に緒方春朔種痘成功200年顕彰碑が建立され、彼が初めて種痘を施した際の様子がレリーフとして刻まれています。

春朔の残した功績は、日本の医学史上において非常に重要であり、天然痘との戦いにおいて大きな貢献を果たした人物として、後世に語り継がれています。

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