荊冠のキリスト (ティツィアーノ、ルーヴル美術館)

『荊冠のキリスト』（仏: Le Couronnement d'épines、英: The Crowning with Thorns）は、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1542年から1543年にかけてポプラ板に油彩で描いた作品です。画面下部には「TITIANVS F」と署名されています。この絵画は、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会のサンタ・コローナ礼拝堂のために、同教会の同心会から依頼を受け制作されました。

主題は『新約聖書』の「マタイによる福音書」27章29-30節に基づき、十字架を背負う前のイエス・キリストが、ローマ兵士によって荊の冠をかぶせられ、嘲弄される場面が描かれています。この作品は、ナポレオン戦争中の1797年に略奪されてフランスへ持ち去られ、現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。

作品の特徴

絵画は、壁に囲まれた奥行きの浅い空間に人物が配置された緊密な構図を持っています。キリストを拷問する者たちは、棒を使ってキリストの頭部に荊の冠を押し付けています。しかし、その暴力性は美しい色彩によって緩和され、キリストの苦難は崇高なものとして表現されています。色彩は、ティツィアーノが古代美術を崇拝していたことを示しており、特に右側の青色と緑色には、通常よりも冷たい色調が使われています。キリストの足元では、ヴェネツィア派特有の描写により、肉体から静脈を通して血が流れ出ている様子が見て取れます。

画面を横切る棒の直線は、まるでナイフのように人物像を切り裂き、キリストの頭部の右側では三位一体を思わせる三角形を形成しています。ティツィアーノの卓越した描写により、手前の階段にある棒には影がなく、まるで蛇のように不気味に感じられます。この棒は、右側の後ろ向きの人物と共に、画面空間と鑑賞者を結びつける役割を果たしています。

この作品は、ティツィアーノの作品の中でも、マニエリスムの影響を最も強く示しているとされています。逞しい人物の量感とその衝突、誇張されたコントラポストのポーズ、激しい捻転と旋回運動、そしてやや硬質な彫刻的形態の強調などは、ヤーコポ・サンソヴィーノ、ジョルジョ・ヴァザーリ、フランチェスコ・サルヴィアーティ、ジュリオ・ロマーノらの影響を示唆しています。しかし、ティツィアーノは、マニエリスム的な線的錯綜を、彼独自のドラマ性を高める手段として用いています。

本作には、色彩だけでなく古代ギリシア・ローマ美術を参照している要素も見て取れます。キリスト像は、1506年にローマで発見された古代彫刻である『ラオコーン群像』に由来しており、「苦難の象徴」として描かれています。左側の拷問者の上半身のモデルは、古代彫刻の断片『ベルヴェデーレのトルソ』に基づいています。さらに、画面右上の壁龕にはティベリウス帝の胸像（誤ってネロ帝の胸像を描いたとされている）が描かれており、キリストを弾劾した古代ローマの権威に言及することで、ティツィアーノは過去への敬意を表しています。

アメリカの作家ロバート・ヘイヴン・ショーフラーによれば、ドイツの画家フリッツ・フォン・ウーデは、本作を「かつて描かれた最も偉大な絵画」と評しました。

参考文献

前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9　ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年 ISBN 4-12-401899-1
中山公男・佐々木英也責任編集『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』、日本放送出版協会、1985年 ISBN 4-14-008424-3

外部リンク

* ルーヴル美術館公式サイト、ティツィアーノ『荊冠のキリスト』 (フランス語)

もう一度検索