董賢

董賢：哀帝に寵愛された美貌の官人、その栄華と悲劇

董賢（とうけん、紀元前23年 - 紀元前1年）は、前漢の哀帝に寵愛された人物です。その美貌は哀帝を魅了し、異例の出世を遂げましたが、哀帝の死後、権力を失い、悲劇的な最期を迎えました。彼の生涯は、当時の政治情勢や社会風俗を色濃く反映しており、歴史的にも興味深い人物です。

生涯

董賢は、左馮翊雲陽県（現在の陝西省涇陽県一帯）の出身で、父は御史の董恭でした。当初は太子舎人として仕えていましたが、哀帝が即位すると、郎という官職に遷りました。彼は生まれつきの美貌で、哀帝の目に留まり、寵愛を受けるようになりました。

建平2年（紀元前5年）、董賢は哀帝に時刻を知らせるために謁見した際、その美貌が際立っていたため、哀帝に声をかけられました。これがきっかけで、董賢は黄門郎に抜擢され、哀帝の側近として仕えることになります。哀帝は董賢を深く寵愛し、わずか十ヶ月の間に巨額の恩賞を与え、その地位は朝廷を震駭させるほどでした。

董賢は常に哀帝と寝起きを共にし、外出時には馬車に同乗し、宮廷では左右に控えていました。ある日、共に昼寝をしていた際、哀帝が先に目を覚ますと、董賢が自分の衣の袖の上で眠っていました。哀帝は董賢を起こさないように、袖を切り落としたという逸話が残っています。この故事が、男色の別称である「断袖」（だんしゅう）の由来となりました。

董賢は柔和な性格で、人に媚びることが得意であり、自身の立場を守ることに長けていました。休暇中も宮廷から離れることはなく、医薬について調べていたと伝えられています。

哀帝からの寵愛

哀帝は董賢を深く愛し、家に帰ることを嫌がったため、董賢の妻を宮廷に入れるようにしました。さらに、董賢の妹を皇后に次ぐ地位である昭儀とし、董賢一家は常に哀帝のそばに仕えるようになりました。哀帝から董賢一家に与えられた賞賜は莫大な額に上りました。

董賢の父である董恭は、少府、衛尉と出世し、関内侯の爵位と食邑を賜りました。董賢の妻の父も将作大匠に任じられ、弟も執金吾に任じられるなど、一族は栄華を極めました。

哀帝は董賢のために豪邸を建設し、その墓は哀帝の陵墓である義陵の近くに、盛大に造られました。また、当時の社会問題であった私田や奴婢の制限を定めた「限田法」の実施が迫っていましたが、董賢が反対したため、延期されることになりました。

大臣たちからの糾弾

哀帝は董賢を列侯に封じたいと考えていましたが、きっかけがありませんでした。そこで、孫寵と息夫躬という人物が、東平王劉雲が呪詛を行っていると告発し、その功績を董賢のものとして、列侯に封じようとしました。建平4年（紀元前3年）、董賢は高安侯に任じられ、食邑千戸を与えられました。

しかし、廷尉の梁相らは劉雲の事件が冤罪であると疑い、再審議を求めました。哀帝はこれに怒り、梁相らを罷免しました。丞相の王嘉も劉雲の事件は冤罪であると主張し、董賢への増封に反対したため、哀帝の怒りを買い、投獄され、獄中で絶食し亡くなりました。

大司馬の丁明も董賢を嫌っており、王嘉の死を悼んでいました。哀帝は董賢をさらに重用しようとしていたため、丁明を罷免しました。

大司馬就任

哀帝は董賢を大司馬・衛将軍に任じました。当時22歳という若さで三公の地位に就いた董賢は、政治の実権を握り、百官は董賢を通して哀帝に奏上するようになりました。董賢の父や兄弟も要職に就き、一族は絶頂期を迎えました。

元寿2年（紀元前1年）、匈奴の単于である大昆弥が来朝した際、哀帝は董賢を「大賢人」であると紹介し、その才能を賞賛しました。

董賢の権勢は絶大で、丞相の孔光でさえ、董賢にへりくだるほどでした。

禅譲の議論

董賢の父である董恭は、息子の董寛信と蕭咸の娘との婚姻を申し込もうとしましたが、蕭咸は哀帝が董賢に帝位を禅譲しようとしているのではないかと恐れ、断りました。

ある宴会の席で、哀帝は冗談めかして董賢に禅譲を考えていると話しましたが、王閎という臣下が諫め、宴会から追放されました。この出来事は、当時の政治情勢の不安定さを物語っています。

哀帝の死とともに

哀帝は元寿2年（紀元前1年）に亡くなりました。董賢は哀帝から皇帝璽綬を託されましたが、太皇太后の王政君によって奪われました。

王莽は董賢を弾劾し、董賢は宮殿への立ち入りを禁じられました。董賢は絶望し、妻と共に自殺しました。

死後の仕打ち

董賢の死後、王莽は董賢の墓を暴き、死体を検視させました。さらに、董賢一族を流罪とし、財産を没収しました。董賢を厚遇していた役人の朱詡は、董賢の死体を埋葬したため、王莽によって殺害されました。

故事

男色を意味する「断袖」という語は、董賢と哀帝の逸話に由来します。この逸話は、董賢と哀帝の親密な関係を示すものとして広く知られています。

董賢の生涯は、哀帝の寵愛を受け、権勢を誇りましたが、哀帝の死後、失脚し、悲劇的な最期を迎えました。彼の物語は、権力者の寵愛を受けた者の栄枯盛衰を描いたものとして、後世に語り継がれています。

登場作品

漫画
しちみ楼『キンとケン１』、イースト・プレス、2021.3
しちみ楼『キンとケン 2』、イースト・プレス、2021.5

参考文献

東晋次『王莽―儒家の理想に憑かれた男』（白帝社アジア史選書）、白帝社、2003.10
* 渡邉義浩『王莽―改革者の孤独』（あじあブックス）、大修館書店、2012.12

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