警視庁武術世話掛

警視庁武術世話掛：黎明期の武道指導者たち

警視庁武術世話掛は、明治時代に警視庁に設けられた、警察官に対する武術指導を専門とする係です。現代の剣道、柔道、逮捕術の師範に相当し、警察官の武道技能向上に大きく貢献しました。

創設前夜

明治維新直後の1868年、明治政府は町奉行を廃止し刑法官を設置。武術指導者として、柔術では天神真楊流の磯又右衛門や谷虎雄、揚心流の戸塚英美らが、剣術では北辰一刀流の下江秀太郎、鏡心明智流の桃井直行らが採用されました。しかし、1871年の官制改革で刑部省が司法省に改組されると、これらの武術指導者は解雇されました。1874年、内務省に警視庁が創設され、本格的な警察組織が発足します。

西南戦争と抜刀隊

1877年の西南戦争では、警視庁が警視隊を編成。川路利良大警視が陸軍少将を兼任し旅団長を務めました。警視隊は陸軍を支援し、田原坂の戦いでは剣術に秀でた者から選抜された抜刀隊が活躍。この抜刀隊の奮戦が、維新後に衰退していた剣術再評価の契機となりました。

撃剣世話掛の発足

川路利良大警視は『撃剣再興論』を著し、1879年には巡査教習所（現警視庁警察学校）で撃剣の重要性を説きました。同年、警視庁は剣術指導者の採用審査を榊原鍵吉に委嘱。梶川義正、上田馬之助、逸見宗助が最初の撃剣世話掛に採用されました。その後、真貝忠篤、下江秀太郎、得能関四郎らが加わり、警視流撃剣の形が制定されました。

1885年には、警視庁が弥生神社で剣術史上初の全国大会を開催。三島通庸が警視総監に就任すると武術が奨励され、警視庁武術は大きく発展しました。他府県や宮内省済寧館の剣客との試合、天覧兜割り試合への出場など、警視庁剣術は黄金時代を迎えました。

警視庁の剣術稽古は非常に厳しく、立ち切り稽古などが頻繁に行われました。当時、若手であった高野佐三郎、高橋赳太郎、川崎善三郎、内藤高治らは、後の剣道界に大きな影響を与えました。

柔術世話掛の設立と講道館柔道の台頭

柔術世話掛は、撃剣世話掛より4年遅れて1883年に発足。下坂才蔵の推薦により、久富鉄太郎、仲段蔵、上原庄吾、中村半助が柔術世話掛に任命されました。各警察署には、巡査が撃剣と同様に柔術を修業するよう指示が出され、警視流柔術の形が制定されました。

当時新興勢力であった講道館柔道が警視庁武術大会に出場し、西郷四郎、山下義韶らが戸塚彦介の門人と対戦。講道館勢が勝利したことで、講道館柔道が警視庁に採用されることとなりました。山下義韶は後に「警視庁捕手ノ形」を制定し、逮捕術の基礎を築きました。

名称の変遷と現代への継承

1910年、「師範」の呼称が設けられました。1912年には、警視庁で「撃剣」が「剣道」に、「柔術」が「柔道」に改称。その後、「助手」「助教」の制度が設けられ、1939年には助手を「助教」に改称。これらの名称は現在の警視庁に受け継がれ、主席師範から助教までの職階が設けられています。

警視庁武術世話掛に名を連ねた武道家たち

浅見克光
金谷元良
久富鉄太郎
真貝忠篤
薗部久五郎
仲段蔵
谷寅雄
戸張瀧三郎
山下義韶
上原庄吾
内藤高治
三橋鑑一郎
宮部朝道
岩崎法賢
大島彦三郎
坂部大作
伊丹七左衛門
中村半助
田子信重
河野一二
除川喜十郎
千葉之胤
今村四三二
会田定次郎
長坂忠哉
矢部庸徳
武藤秀茂
佐々木正宜
山本欽作
今井行太郎
野村喜之助
兼松直廉
松井百太郎
梶川義正
根岸信五郎
森耕蔵
中村仙次郎
柴田衛守
好地円太郎
得能関四郎
逸見宗助
太田資直
佐村正明
夏見又之進
崎田美寛


警視庁武術世話掛は、日本の武道史、警察史において重要な役割を果たしました。彼らの指導と尽力によって、現代の警察における武道訓練の基礎が築かれたと言えるでしょう。

参考文献：警視庁武道九十年史、明治剣客伝

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