道徳の進化
「道徳の進化」とは、ヒトという種が進化してきた長い道のりのなかで、道徳的な行動様式がどのようにして生まれたのかを探求する分野です。ここで言う道徳とは、何が正しく、何が誤りかという判断基準や行動規範の体系を指します。
一般的に道徳は人間の特質と考えられがちですが、進化生物学、特に進化心理学の知見は、人間の道徳の源流が他の多くの社会性動物の行動にも見られると示唆しています。ただし、このような社会生物学的な人間行動の説明については、現在も活発な議論が続けられています。伝統的に道徳を文化的に構築された相対的なものと捉える社会科学者に対し、サム・ハリスのような論者は、客観的な道徳の科学が存在すると主張するなど、多様な見解が存在します。
動物の社会性と行動調整
人間が「道徳」と認識する特定の性質を他の動物が持っているかどうかはともかく、社会性動物は群れで生活を営む上で、個々の行動を調整したり抑制したりする必要があります。そうすることで、集団としての生存や繁殖の機会が高まるからです。
極めて社会性の高い昆虫、例えばアリ、ハナバチ、シロアリに見られる行動調整は顕著です。数百万匹からなるアリのコロニーの成功の鍵として、E. O. ウィルソンは不妊の働きアリの存在を挙げました。これらのメスは自己の繁殖を諦め、女王である母親に奉仕し、兄弟や姉妹を育てることに専念します。このような不妊階級の存在は、生殖を巡る競争を大幅に減らし、巣全体の協調性を促進します。一匹のアリの生存や繁殖の可能性は低いですが、集団として数十年にわたり繁栄することが可能です。この驚異的な協力体制により、アリは地球上で最も成功した種の一つとなり、その生物量は人間と比較されるほどです。
哺乳類の社会行動は私たち人間にとってより身近です。高度な社会性を持つ霊長類やゾウは、かつて人間固有のものと考えられていた共感や利他的行動を示すことが知られています。
霊長類の社会性と前道徳的感情
チンパンジーやボノボは、私たち人類に最も近い現生親戚です。彼らは400万年から600万年前に存在した人間との共通祖先を共有しており、その行動は共通祖先の姿を知る上で重要な手がかりとなります。バーバラ・キングは、霊長類が人間の意味での道徳を持たないとしても、道徳の進化に不可欠ないくつかの特性、例えば高度な知性、象徴的なコミュニケーション能力、規範の理解、「自己」の認識、そして連続性の概念を示していると指摘します。
フランス・ドゥ・ヴァールやバーバラ・キングといった研究者は、人間の道徳が霊長類の社会性から派生したと考えています。霊長類、イルカ、クジラを含む多くの社会性動物が、マイケル・シャーマーが「前道徳的感情」と呼ぶものを表出することが確認されています。シャーマーは、人間と他の社会性動物、特に大型霊長類が共有する特性として、愛着と絆、協力と相互扶助、共感と同情、直接的・間接的な互恵性、利他主義と互恵的利他主義、紛争解決と平和構築、欺瞞と欺瞞の発見、コミュニティへの関心と他者からの評価を気にすること、そして集団内の社会ルールの認識とそれへの対応を挙げています。
シャーマーは、これらの前道徳的感情が、霊長類の社会において個々の利己的な衝動を抑制し、より協調的な集団を形成するための手段として進化したと論じています。どの社会性動物においても、利他的な集団の一員であることの恩恵は、個人主義的な行動のそれよりも大きいはずです。例えば、集団の結束が弱いと、個体は外部からの攻撃に対して脆弱になります。また、集団でいることは食料を見つける機会を増やすかもしれません。これは、群れで協力して狩りを行う動物、特に大型または危険な獲物を狙う種において明らかです。
社会秩序、互恵性、公正さ
全ての社会性動物は、各個体が自分の位置を理解している階層的な社会構造を持ちます。社会秩序は、期待される行動に関する特定の規則によって維持され、支配的な個体は罰によって秩序を強制することがあります。しかし、高次の霊長類は互恵性の感覚も示します。チンパンジーは、誰が自分に親切にし、誰が自分に不利益を与えたかを記憶しています。例えば、以前自分を毛づくろいしてくれた個体と食料を分かち合う可能性が高いことが観察されています。吸血コウモリもまた互恵性と利他性の感覚を示し、過去に自分に血を与えてくれたコウモリや空腹のコウモリと血を分け合います。
チンパンジーやイヌのような動物でさえ、公正さの理解を示し、同じ行動に対して不平等な報酬を与えられると協力を拒否することがあります。
コミュニティ規模と道徳の役割
チンパンジーは通常50頭程度のグループで生活しており、初期の人類祖先も同様の規模だったと考えられています。現存する狩猟採集社会の規模に基づくと、最近の旧石器時代の人類は数百人規模の集団で生活していたと推測されます。人類の進化においてコミュニティの規模が拡大するにつれて、集団の結束を維持するためには、より強力な社会的制御が必要になったと考えられます。道徳は、100人から200人程度の集団において、社会的な制御、紛争解決、そしてグループの連帯を保つための手段として進化した可能性があります。現代人でも、100〜200人を超える人々との安定した社会関係を維持するのが困難であるという理論は、この数の限界が私たちの遺伝子に根ざしている可能性を示唆しています。
フランス・ドゥ・ヴァール博士によれば、人間の道徳には他の霊長類の社会には見られない2つの洗練された側面があります。人間は、報酬、罰、そして評判の形成を通じて、社会の道徳規範をより厳格に強制します。また、人間は他の動物には見られないレベルの判断力と推論を道徳的な問題に適用します。
進化上の課題
一部の進化生物学者やゲーム理論家は、道徳が段階的に進化するモデルには課題があると指摘します。もし利己的で残忍な集団において、わずかな利他行動が全くない状態よりも悪く受け止められるような感情が存在すれば、道徳の初期段階が進化的に不利となり、道徳への最初の一歩が阻まれる可能性があるからです。これを「適応の谷」と呼びます。ただし、彼らは全ての道徳進化説を否定するわけではなく、わずかな利他行動が全くない状態よりも良いと見なされるような進化経路は可能であると論じています。
また、「罰」も複雑な問題です。集団にとって有害な行動であっても、それを意識的に行うかどうかにかかわらず同じ結果をもたらす可能性があります。自身の繁殖成功を高める行動は進化的に有利ですが、ルール違反を自覚する能力に対する罰は、この自覚能力自体の進化を抑制する選択圧となり得ます。これは、意識的な選択とそれが道徳的・法的責任の基盤であるという認識の共進化を妨げる可能性があります。
人間の社会的知能
ロビン・ダンバーが提唱する「社会脳仮説」（ダンバー数）は、脳が主に複雑な社会生活の要求に応えるために進化したという考え方を支持します。大きな脳、特に推論と意識を司るとされる新皮質は、複雑な社会システムの認知的要求を反映してサイズが増加する強い選択圧を受けたと考えられています。人間を含む社会性動物は、同盟形成や戦術的な欺瞞といった概念を理解できます。社会的スキルの中核は、人間関係を管理し、情報を記憶するだけでなく操作する能力にあります。社会的相互作用に適応するための反応が「心の理論」です。マーティン・ブリュネによれば、心の理論とは他者の精神状態や感情を推測する能力を指します。高い心の理論は、高度な社会的知能と密接に関連しています。
集団生活は協力と対立を生みますが、捕食者からの保護や集団全体としてのパフォーマンス向上といった利点があるため、社会的知能を獲得するための強い進化的選択圧となります。一方で、資源や配偶者を巡る集団内の競争という欠点もあり、これは種内での「進化的な軍拡競争」を引き起こします。
集団内で、個体には不利だが他のメンバーに利益をもたらす「利他主義」が進化したことは、個体の適応度で定義される進化論と一見矛盾します。しかし、E. フェアは、「血縁選択」や「包括適応度」を考慮すれば説明可能だと述べています。これは、繁殖成功が自分自身の子孫だけでなく、血縁関係のある個体が生み出す子孫の数にも依存するという考え方です。血縁者以外への利他主義は、「囚人のジレンマ」として知られる状況で捉えられることがあり、これは協力と裏切りを報酬に基づいて定義するものです。進化論的な観点からは、囚人のジレンマに対する有効な戦略の一つは「目には目を」（Tit-for-Tat）であり、他者が協力する限り自分も協力し、裏切られた場合にのみ自分も裏切るというものです。複雑な社会的な相互作用では、真の協力と欺瞞を見分ける能力が中心的な役割を果たします。
ブリュネは、心の理論は霊長類に遡るが、現代人の洗練度には達していないと述べています。この能力の独自の発展は、言語獲得と共に、現代人の分岐点となった可能性があります。人間は比喩を使ったり、言葉で多くのことを暗示したりします。「私が何を言いたいかわかる？」といった表現は、人間の心の理論の洗練性の直接的な結果です。他者の意図や感情を理解できないことは、不適切な社会的反応を引き起こし、自閉症、統合失調症など、様々な精神状態と関連付けられることがあります。これは、自閉スペクトラム症において、社会的つながりが困難である一方、非社会的な知性が保たれる、あるいはサヴァンのように増強されることがあることから特に顕著です。心の理論を取り巻く社会的知性の必要性は、道徳が人間の行動の一部として進化した理由に対する有力な説明の一つです。
宗教と感情の役割
心理学者マット・J・ロッサノは、宗教は道徳性の後に現れ、超自然的な存在を含めることで個々の行動に対する社会的な監視を拡大し、道徳性を強化したと推測しています。常に監視する祖霊や神々を社会的な領域に組み込むことで、人間は利己的な行動を抑制し、より協調的な集団を構築する効果的な方法を見出したと考えられます。このような宗教の適応的な価値は、集団の生存率を高めた可能性があります。
感情も道徳において重要な役割を果たします。基本的な感情の一つである「嫌悪」は、特定の道徳的な判断に関わると考えられています。嫌悪感は、進化的に危険であったり望ましくなかったりするもの、例えば病原体に関連するもの（腐敗物、体液など）や、社会的な規範を脅かす行動（不正、嘘、盗みなど）に対する反応です。MRI研究では、不正行為を連想する状況が脳の嫌悪感に関連する領域を活性化させることが示されています。
「ウェイソン選択課題」のような実験では、人間が抽象的な論理推論は苦手でも、社会的な交換（誰かがルールを破っていないかなど）に関する推論には強い生得的な能力を持っていることが示唆されており、これは道徳的な判断の基盤に関連する可能性があります。
このように、道徳の進化は、生物の社会性、認知能力、感情、そして文化や宗教といった多様な要因が複雑に絡み合った過程であると考えられています。
一般的に道徳は人間の特質と考えられがちですが、進化生物学、特に進化心理学の知見は、人間の道徳の源流が他の多くの社会性動物の行動にも見られると示唆しています。ただし、このような社会生物学的な人間行動の説明については、現在も活発な議論が続けられています。伝統的に道徳を文化的に構築された相対的なものと捉える社会科学者に対し、サム・ハリスのような論者は、客観的な道徳の科学が存在すると主張するなど、多様な見解が存在します。
動物の社会性と行動調整
人間が「道徳」と認識する特定の性質を他の動物が持っているかどうかはともかく、社会性動物は群れで生活を営む上で、個々の行動を調整したり抑制したりする必要があります。そうすることで、集団としての生存や繁殖の機会が高まるからです。
極めて社会性の高い昆虫、例えばアリ、ハナバチ、シロアリに見られる行動調整は顕著です。数百万匹からなるアリのコロニーの成功の鍵として、E. O. ウィルソンは不妊の働きアリの存在を挙げました。これらのメスは自己の繁殖を諦め、女王である母親に奉仕し、兄弟や姉妹を育てることに専念します。このような不妊階級の存在は、生殖を巡る競争を大幅に減らし、巣全体の協調性を促進します。一匹のアリの生存や繁殖の可能性は低いですが、集団として数十年にわたり繁栄することが可能です。この驚異的な協力体制により、アリは地球上で最も成功した種の一つとなり、その生物量は人間と比較されるほどです。
哺乳類の社会行動は私たち人間にとってより身近です。高度な社会性を持つ霊長類やゾウは、かつて人間固有のものと考えられていた共感や利他的行動を示すことが知られています。
霊長類の社会性と前道徳的感情
チンパンジーやボノボは、私たち人類に最も近い現生親戚です。彼らは400万年から600万年前に存在した人間との共通祖先を共有しており、その行動は共通祖先の姿を知る上で重要な手がかりとなります。バーバラ・キングは、霊長類が人間の意味での道徳を持たないとしても、道徳の進化に不可欠ないくつかの特性、例えば高度な知性、象徴的なコミュニケーション能力、規範の理解、「自己」の認識、そして連続性の概念を示していると指摘します。
フランス・ドゥ・ヴァールやバーバラ・キングといった研究者は、人間の道徳が霊長類の社会性から派生したと考えています。霊長類、イルカ、クジラを含む多くの社会性動物が、マイケル・シャーマーが「前道徳的感情」と呼ぶものを表出することが確認されています。シャーマーは、人間と他の社会性動物、特に大型霊長類が共有する特性として、愛着と絆、協力と相互扶助、共感と同情、直接的・間接的な互恵性、利他主義と互恵的利他主義、紛争解決と平和構築、欺瞞と欺瞞の発見、コミュニティへの関心と他者からの評価を気にすること、そして集団内の社会ルールの認識とそれへの対応を挙げています。
シャーマーは、これらの前道徳的感情が、霊長類の社会において個々の利己的な衝動を抑制し、より協調的な集団を形成するための手段として進化したと論じています。どの社会性動物においても、利他的な集団の一員であることの恩恵は、個人主義的な行動のそれよりも大きいはずです。例えば、集団の結束が弱いと、個体は外部からの攻撃に対して脆弱になります。また、集団でいることは食料を見つける機会を増やすかもしれません。これは、群れで協力して狩りを行う動物、特に大型または危険な獲物を狙う種において明らかです。
社会秩序、互恵性、公正さ
全ての社会性動物は、各個体が自分の位置を理解している階層的な社会構造を持ちます。社会秩序は、期待される行動に関する特定の規則によって維持され、支配的な個体は罰によって秩序を強制することがあります。しかし、高次の霊長類は互恵性の感覚も示します。チンパンジーは、誰が自分に親切にし、誰が自分に不利益を与えたかを記憶しています。例えば、以前自分を毛づくろいしてくれた個体と食料を分かち合う可能性が高いことが観察されています。吸血コウモリもまた互恵性と利他性の感覚を示し、過去に自分に血を与えてくれたコウモリや空腹のコウモリと血を分け合います。
チンパンジーやイヌのような動物でさえ、公正さの理解を示し、同じ行動に対して不平等な報酬を与えられると協力を拒否することがあります。
コミュニティ規模と道徳の役割
チンパンジーは通常50頭程度のグループで生活しており、初期の人類祖先も同様の規模だったと考えられています。現存する狩猟採集社会の規模に基づくと、最近の旧石器時代の人類は数百人規模の集団で生活していたと推測されます。人類の進化においてコミュニティの規模が拡大するにつれて、集団の結束を維持するためには、より強力な社会的制御が必要になったと考えられます。道徳は、100人から200人程度の集団において、社会的な制御、紛争解決、そしてグループの連帯を保つための手段として進化した可能性があります。現代人でも、100〜200人を超える人々との安定した社会関係を維持するのが困難であるという理論は、この数の限界が私たちの遺伝子に根ざしている可能性を示唆しています。
フランス・ドゥ・ヴァール博士によれば、人間の道徳には他の霊長類の社会には見られない2つの洗練された側面があります。人間は、報酬、罰、そして評判の形成を通じて、社会の道徳規範をより厳格に強制します。また、人間は他の動物には見られないレベルの判断力と推論を道徳的な問題に適用します。
進化上の課題
一部の進化生物学者やゲーム理論家は、道徳が段階的に進化するモデルには課題があると指摘します。もし利己的で残忍な集団において、わずかな利他行動が全くない状態よりも悪く受け止められるような感情が存在すれば、道徳の初期段階が進化的に不利となり、道徳への最初の一歩が阻まれる可能性があるからです。これを「適応の谷」と呼びます。ただし、彼らは全ての道徳進化説を否定するわけではなく、わずかな利他行動が全くない状態よりも良いと見なされるような進化経路は可能であると論じています。
また、「罰」も複雑な問題です。集団にとって有害な行動であっても、それを意識的に行うかどうかにかかわらず同じ結果をもたらす可能性があります。自身の繁殖成功を高める行動は進化的に有利ですが、ルール違反を自覚する能力に対する罰は、この自覚能力自体の進化を抑制する選択圧となり得ます。これは、意識的な選択とそれが道徳的・法的責任の基盤であるという認識の共進化を妨げる可能性があります。
人間の社会的知能
ロビン・ダンバーが提唱する「社会脳仮説」（ダンバー数）は、脳が主に複雑な社会生活の要求に応えるために進化したという考え方を支持します。大きな脳、特に推論と意識を司るとされる新皮質は、複雑な社会システムの認知的要求を反映してサイズが増加する強い選択圧を受けたと考えられています。人間を含む社会性動物は、同盟形成や戦術的な欺瞞といった概念を理解できます。社会的スキルの中核は、人間関係を管理し、情報を記憶するだけでなく操作する能力にあります。社会的相互作用に適応するための反応が「心の理論」です。マーティン・ブリュネによれば、心の理論とは他者の精神状態や感情を推測する能力を指します。高い心の理論は、高度な社会的知能と密接に関連しています。
集団生活は協力と対立を生みますが、捕食者からの保護や集団全体としてのパフォーマンス向上といった利点があるため、社会的知能を獲得するための強い進化的選択圧となります。一方で、資源や配偶者を巡る集団内の競争という欠点もあり、これは種内での「進化的な軍拡競争」を引き起こします。
集団内で、個体には不利だが他のメンバーに利益をもたらす「利他主義」が進化したことは、個体の適応度で定義される進化論と一見矛盾します。しかし、E. フェアは、「血縁選択」や「包括適応度」を考慮すれば説明可能だと述べています。これは、繁殖成功が自分自身の子孫だけでなく、血縁関係のある個体が生み出す子孫の数にも依存するという考え方です。血縁者以外への利他主義は、「囚人のジレンマ」として知られる状況で捉えられることがあり、これは協力と裏切りを報酬に基づいて定義するものです。進化論的な観点からは、囚人のジレンマに対する有効な戦略の一つは「目には目を」（Tit-for-Tat）であり、他者が協力する限り自分も協力し、裏切られた場合にのみ自分も裏切るというものです。複雑な社会的な相互作用では、真の協力と欺瞞を見分ける能力が中心的な役割を果たします。
ブリュネは、心の理論は霊長類に遡るが、現代人の洗練度には達していないと述べています。この能力の独自の発展は、言語獲得と共に、現代人の分岐点となった可能性があります。人間は比喩を使ったり、言葉で多くのことを暗示したりします。「私が何を言いたいかわかる？」といった表現は、人間の心の理論の洗練性の直接的な結果です。他者の意図や感情を理解できないことは、不適切な社会的反応を引き起こし、自閉症、統合失調症など、様々な精神状態と関連付けられることがあります。これは、自閉スペクトラム症において、社会的つながりが困難である一方、非社会的な知性が保たれる、あるいはサヴァンのように増強されることがあることから特に顕著です。心の理論を取り巻く社会的知性の必要性は、道徳が人間の行動の一部として進化した理由に対する有力な説明の一つです。
宗教と感情の役割
心理学者マット・J・ロッサノは、宗教は道徳性の後に現れ、超自然的な存在を含めることで個々の行動に対する社会的な監視を拡大し、道徳性を強化したと推測しています。常に監視する祖霊や神々を社会的な領域に組み込むことで、人間は利己的な行動を抑制し、より協調的な集団を構築する効果的な方法を見出したと考えられます。このような宗教の適応的な価値は、集団の生存率を高めた可能性があります。
感情も道徳において重要な役割を果たします。基本的な感情の一つである「嫌悪」は、特定の道徳的な判断に関わると考えられています。嫌悪感は、進化的に危険であったり望ましくなかったりするもの、例えば病原体に関連するもの（腐敗物、体液など）や、社会的な規範を脅かす行動（不正、嘘、盗みなど）に対する反応です。MRI研究では、不正行為を連想する状況が脳の嫌悪感に関連する領域を活性化させることが示されています。
「ウェイソン選択課題」のような実験では、人間が抽象的な論理推論は苦手でも、社会的な交換（誰かがルールを破っていないかなど）に関する推論には強い生得的な能力を持っていることが示唆されており、これは道徳的な判断の基盤に関連する可能性があります。
このように、道徳の進化は、生物の社会性、認知能力、感情、そして文化や宗教といった多様な要因が複雑に絡み合った過程であると考えられています。
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