遠山郷

遠山郷とは

長野県の南端、天竜川の支流である遠山川沿いに位置する遠山郷は、深い山々に囲まれた秘境の地です。かつては旗本、江儀遠山氏の領地であり、その歴史と文化が今も色濃く残ります。行政区分としては、飯田市南信濃と飯田市上村に属し、その豊かな自然と独特な風習から「信州三大秘境」や「日本の秘境100選」にも選ばれています。

概要

遠山郷は、「信州の奥座敷」とも呼ばれ、古くから愛知・静岡の三遠地域との交流が盛んでした。特に、毎年12月に行われる「霜月まつり」は、多くの神社で夜通し舞や祈祷が奉納される伝統的な神事です。

主な産業としては、急峻な地形と気候を活かした「赤石銘茶」や蕎麦の生産、狩猟による山肉加工（熊、猪、鹿肉）、そして藤蔓などを使った籠細工が挙げられます。近年では、三遠南信自動車道の整備に伴い、観光業にも力を入れています。

かつては「酷道」として知られた国道152号も、三遠南信自動車道の開通により整備が進み、2015年には全線2車線化されました。これにより、遠山郷へのアクセスが大幅に改善されました。

遠山の霜月祭り

遠山郷の各神社では、800年の伝統を持つ「霜月まつり」が受け継がれています。この祭りは、神社内に竈を作り、湯を沸かして神楽歌を歌い、神仏を招いて湯を捧げ、新たな御霊として神を元の社へ返すという儀式です。

祭りのクライマックスでは、四面や大天狗が煮え立つ湯を四方八方に振りまき、面をつけた人々が「ヨーッセヨーッセ」と囃しながら飛び跳ね、村人がそれを受け止めます。また、遠山氏の怨霊を模した「八社」と呼ばれる神々が、陰鬱な雰囲気で舞い踊ります。最後に、「宮天伯」という神が弓矢や剣を持って舞処を清め、鼻で空中に「叶」や「寿」の文字を描き、面の舞が終わります。その後、金山の舞や直会を経て、すべての神事が終了します。

各神社や地域によって祭りの形式は異なり、遠山郷全体では大きく上町系、下栗系、木沢系、和田系の4つに分類されます。下栗地区に伝わる伝承によると、元和年間に悪政に苦しんだ領民が、参勤交代帰りの領主を殺害したことから、その霊を鎮めるためにこの祭りが始まったとされています。

1979年2月3日には、「遠山の霜月祭」として国の重要無形民俗文化財に指定されました。この祭りは、三河・信濃・遠江地方の山間部に伝わる湯立を中心とした霜月神楽の典型的な例とされています。

この祭りの様子は、ドキュメンタリー映画作家、野田真吉の代表作『冬の夜の神々の宴 遠山の霜月祭』（1970年）でも紹介されています。

遠山郷の神社

遠山郷には、かつて霜月神楽を行っていた17社の神社があり、そのうち6社は八幡社です。これらの神社は、鎌倉鶴岡正八幡宮から分霊されたものが多く、室町時代中期から江戸時代にかけて創建されました。

遠山温泉郷

遠山郷には、源泉温度43.1度のアルカリ性等張性高温泉が湧き出ており、飲泉も可能です。この温泉は「遠山郷霜月温泉源泉」と呼ばれ、特有の硫黄臭と塩味が特徴です。

泉質は、ナトリウム・カルシウム高濃度塩化物温泉で、浴用としては慢性皮膚病、慢性婦人病、切り傷、やけどなどに効果があり、飲用としては痛風、糖尿病、慢性便秘などに効果があるとされています。入浴施設としては、「道の駅遠山郷 かぐらの湯」、「いろりの宿 島畑」、そして創業250年の老舗旅館「大島屋旅館」内の天然温泉「神代の湯」があります。

温泉トラフグ

「かぐらの湯」を運営する飯田市南信濃振興公社は、2011年から温泉水を使ったトラフグの養殖を開始しました。これは、栃木県那珂川町の企業「夢創造」との提携によるもので、過疎地域の産業振興を目的としたものです。遠山郷の温泉水は、那珂川町と同様の塩化物泉であり、トラフグの養殖に適しています。また、温泉の塩分濃度が海水よりも低い0.73%であるため、トラフグにストレスを与えず、毒を生成しないという利点があります。

2018年には、「長野県で初めてふぐの養殖に成功」との報道がなされ、以降は「秘境遠山郷の神ふぐ」というブランド名で、かぐらの湯の食事処「ゆ〜楽」でふぐ料理が提供されています。しかし、南信濃振興公社は2020年に撤退し、かぐらの湯は市の直営となりました。その後、源泉ポンプの故障により沸かし湯での営業となり、2021年12月に営業を休止しました。

しらびそ高原

標高1918mのしらびそ高原は、日本アルプスの主要山岳が一望できる絶景スポットです。宿泊施設、オートキャンプ場、ハイキングコースなどが整備されており、多くの観光客が訪れます。また、日本三百名山の一つである奥茶臼山への登山口でもあります。

しらびそ高原 天の川

しらびそ峠の南側に位置する宿泊施設「しらびそ高原 天の川」は、軽食コーナー、大浴場（日帰り入浴可）、お土産売店、オートキャンプ場を兼ね備えています。夏には多くのライダーや家族連れで賑わいますが、冬季は高原への道路が閉鎖されるため休業となります。

以前は「ハイランドしらびそ」として運営されていましたが、2019年7月からは飯田市の企業「大空企画」が運営を引き継ぎ、「しらびそ高原 天の川」として再開しました。

南アルプスエコーライン

南アルプスエコーラインは、フォッサマグナの西端を走る全長14kmの林道です。国道152号の不通区間である地蔵峠からの迂回路として、しらびそ峠を越えて遠山郷へと続いています。この道路は、南アルプスの絶景が楽しめるドライブコースであり、日本初の隕石孔である「御池山隕石クレーター」内を通るという珍しいルートでもあります。

道幅は狭いですが、路面状態は悪くありません。冬季は積雪のため閉鎖されます。

沿道には「下栗の里」という集落があり、ルート上で最も標高の高い場所に、アルプスを一望できるしらびそ高原があります。しらびそ峠は、周囲をシラビソの木々が覆う標高1833mの峠で、紅葉の時期には山全体が赤く染まります。

日本のチロル「下栗の里」

南アルプスの聖岳と対峙する標高800〜1000mの斜面に位置する下栗の里は、「日本の原風景が残る山の里」として知られています。その景観は、オーストリアのチロル地方に似ていることから「日本のチロル」とも呼ばれています。

約60戸の民家が点在するこの集落では、150人余りの人々が農業や林業を営んでいます。2009年には、下栗の里を一望できる「天空の里ビューポイント」への遊歩道が開設されました。

下栗では水田は見られず、「下栗いも」と呼ばれるジャガイモや蕎麦、キビ、アワ、ヒエなどの雑穀類が主な産物です。集落の歴史は古く、住民の暮らしは質素で、新嘗祭のためアワの穂を皇室に献上する農家もあります。

観光施設としては、地元女性グループが経営するそば処「はんば亭」や、農産物直売所、木工製品を扱う「山のみのりや」などがあります。宿泊施設も「高原ロッジ下栗」をはじめ、民宿「みやした」や「ひなた」などがあります。

大平高原

大平高原は、下栗の里からしらびそ高原を抜け、北側の中腹に位置する高原です。レジャー客や天体観測愛好家が訪れる場所で、一般客が利用できる流星オートキャンプ場や、団体向けのテニスコートや研修棟を持つ「大平保養センター」などがあります。

遠山ジンギス

「遠山ジンギス」は、羊毛業から食肉加工への転換によって生まれた遠山郷の特産品です。独特のタレに漬け込んだ羊肉は、コクとまろやかな味わいが特徴です。遠山郷には、狩猟と山肉加工を代々続けてきた老舗の肉屋があり、「肉のスズキヤ」、「星野屋」、「清水屋」などが有名です。

現在では、羊肉だけでなく豚肉や鶏肉を使った「ぶたジン」や「とりジン」も販売されています。

その他の情報

遠山郷は、様々な観光資源を持つ地域であり、峠の国盗り綱引き合戦や天龍村の霜月神楽、遠山森林鉄道、II-CUPヌーベル飯田丼（信州・天竜川どんぶり街道の会）など、他にも多くの魅力があります。また、1718年には遠山郷直下を震源とする遠山地震も発生しています。

詳しい情報は、飯田市や遠山郷観光協会の公式サイト、下栗の里の紹介ページなどを参照してください。

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