野田幸男

野田 幸男（のだ ゆきお）は、1935年2月2日に和歌山県御坊市に生まれ、1997年8月27日に惜しまれつつ世を去った日本の映画監督、演出家、そして脚本家です。特に東映の娯楽アクション映画の世界でその手腕を発揮しました。

経歴とキャリア

京都大学に在籍していた時期に、俳優の戸浦六宏が主宰する劇団「風波」に参加し、演劇の世界に触れます。大学を卒業した1958年、東映東京撮影所へ助監督として入社。ここでは石井輝男や佐伯清といった、当時の日本映画界を牽引していた監督たちのもとで、映画製作の基礎と技術を学びました。

監督としての第一歩は、1968年3月に手掛けた日本プロレスの記録映画『プロレスWリーグ 血ぬられた王者』でした。そして同年、梅宮辰夫を主演に据えた『不良番長』で劇映画の演出デビューを飾ります。この作品は予想を上回る大ヒットを記録し、以降、1972年公開の『不良番長 骨までしゃぶれ』に至るまで、全16作が製作される人気シリーズとなりました。野田はシリーズ中11作品の監督を務め、その成功に大きく貢献しました。

『不良番長』シリーズ以外にも、アクション映画の分野で数々の作品を手掛けています。千葉真一主演の『やくざ刑事シリーズ』や、日香泰合作の格闘アクション『激殺! 邪道拳』、そして女性刑事を描いた『0課の女 赤い手錠』、空手映画の『ザ・カラテ』シリーズなど、多彩な作品でその才能を発揮しました。劇場用映画としては、1977年の日香合作映画『ゴルゴ13 九竜の首』が最後の監督作品となります。その後は活動の場をテレビへと移し、『ザ★ゴリラ7』、『特捜最前線』、『大激闘マッドポリス'80』といった人気テレビドラマシリーズの演出を手がけました。このテレビ時代に野田に師事した門下生の中には、後に独自の世界を切り拓く三池崇史も名を連ねています。

1997年8月27日、肝不全のため62歳で死去しました。

人物と仕事ぶり

野田幸男の仕事ぶりについては、関係者から様々なエピソードが語られています。師匠の一人である石井輝男は、『網走番外地』撮影時に雪の風景を撮るよう野田に指示したところ、彼は長時間カメラを回し続けてなかなか戻らなかったと述懐しています。また、『不良番長』シリーズのレギュラーだった山城新伍は、野田が自身の監督作が封切られると必ず劇場に足を運び、観客の反応（どのシーンが受けたか、受けなかったか）を綿密に記録し、それを次の作品に活かしていたと証言しています。

その演出スタイルは、当時の東映の娯楽映画としては異例なほどカット割りが細かく、そのため撮影には膨大な時間を要しました。連日早朝から深夜まで撮影が続き、「野田組に入ると一ヵ月は自宅で夕飯を食べられない」とまで言われたほどです。あまりにも細かすぎるカット割りの指示に、スクリプターが混乱をきたすこともあったと言われ、現場の疲弊は著しかったと伝えられています。予算や日数を超過することも常態化しており、結果的に彼の主な活躍の場はテレビへと移ることになります。テレビドラマの現場でも、その徹底した仕事ぶりは変わらず、スタッフが音を上げることもあったといいます。1975年、久々に映画監督として手掛けた『東京ふんどし芸者』でも、やはり予算と日数を大幅に超過。東映上層部から「二度と映画は撮らせない」と厳しく言い渡され、一時的に撮影所への出入りを禁じられる事態に陥りました。

当時の東映社長であった岡田茂は、時間や予算をかけて質の高い映画を目指すタイプの監督を敬遠する傾向にありました。野田もまた、緻密な演出に加え、組合活動にも熱心だったため、岡田は彼を遠ざけたがっていました。しかし、野田の親族に住友銀行の幹部がいたことが、すぐに彼を解雇できない理由となりました。東映の設立に関わる借入の際、住友銀行が主要な融資元の一つであり、その背景には東映の創業者である五島慶太と、後に住友銀行頭取となる鈴木剛（岡田の先輩にあたる）との関係がありました。この事情を知っていた岡田は、野田を完全に切り捨てることが難しかったのです。やがて岡田のワンマン体制が確立されると、一度睨まれた監督が東映映画に復帰するのは極めて困難な状況になりましたが、そんな中で野田をテレビドラマに起用したのが、日本テレビのプロデューサー、山口剛でした。局側の意向を無視できない東映は、野田の撮影所への立ち入りを再び認めますが、以降、彼の主戦場はテレビドラマの演出へと完全に移っていきました。

幻となった企画

劇場用映画の監督作は1977年の『ゴルゴ13 九竜の首』が最後となりましたが、1985年には再び映画監督を務めるという報道がありました。当時、テレビで絶大な人気を博していた『笑っていいとも!』から派生した『いいとも探偵局』という映画企画で、タモリ主演が予定されていました。1985年の正月映画第2弾として、タモリの所属事務所も乗り気で話は進んでいましたが、監督決定や脚本執筆の遅れからタモリのスケジュールが確保できなくなり、企画は中止となりました。当時の映画界はテレビの勢いに押されており、この中止を受けて映画関係者からは「テレビの方が儲かるからだろう」といった皮肉も聞かれました。同じ1985年の正月映画では、松竹もビートたけし主演の企画を進めており、タモリ対たけしというお笑いタレントによる正月映画対決が注目されましたが、野田が監督するはずだった企画の頓挫により、この対決は実現しませんでした。

作品リスト

映画監督作品

プロレスWリーグ 血ぬられた王者（1968年）
不良番長（1968年）
不良番長 猪の鹿お蝶（1969年）
不良番長 練鑑ブルース（1969年）
不良番長 どぶ鼠作戦（1969年）
不良番長 一攫千金（1970年）
不良番長 口から出まかせ（1970年）
やくざ刑事（1970年）
やくざ刑事 マリファナ密売組織（1970年）
不良番長 やらずぶったくり（1971年）
不良番長 突撃一番（1971年）
不良番長 のら犬機動隊（1972年）
不良番長 一網打尽（1972年）
不良番長 骨までしゃぶれ（1972年）
不良街（1972年）
セックスドキュメント 金髪コールガール（1973年）
0課の女 赤い手錠（1974年）
ザ・カラテ（1974年）
ザ・カラテ2（1974年）
ザ・カラテ3 電光石火（1975年）
青春トルコ日記 処女すべり（1975年）
東京ふんどし芸者（1975年）
激殺! 邪道拳（1977年）
ゴルゴ13 九竜の首（1977年）

テレビドラマ演出作品

白い牙（1974年）
ザ★ゴリラ7（1975年）
Gメン'75（1975年 - 1976年）
ベルサイユのトラック姐ちゃん（1976年）
隠し目付参上（1976年）
江戸特捜指令（1976年 - 1977年）
特捜最前線（1977年 - 1987年）
消えた巨人軍（1978年）
大追跡（1978年）
大激闘マッドポリス'80（1980年）
特命刑事（1980年）
松本清張の百円硬貨（1981年）
土曜ワイド劇場（複数作品）
月曜ワイド劇場（複数作品）
私鉄沿線97分署（1984年）
探偵神津恭介の殺人推理（複数作品）

脚注・参考文献等

『映画秘宝Vol.2　悪趣味邦画劇場』（洋泉社）
日本映画データベース・野田幸男作品リスト 他

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