野麦街道

野麦街道

野麦街道は、信濃（現在の長野県松本市）と飛騨（現在の岐阜県高山市）を結んでいた古道です。ただし、「野麦街道」という名称は明治時代以降に使われるようになったとされています。この道は、かつて東日本と西日本を結ぶ重要な道路であり、日本海と信州を結ぶ交易路としても利用されていました。

概要

野麦街道は、信州松本から野麦峠を越えて飛騨高山へ至る道です。野麦峠は、標高1672mに位置し、街道の中でも最も険しい場所でした。野麦とは、峠付近に生い茂るクマザサを指します。この道が開かれたのは奈良時代とされていますが、「野麦街道」と呼ばれるようになったのは明治時代以降です。それ以前は、信濃側からは「ひだ道」、飛騨側からは「ぜんこうじ道」と呼ばれることが多かったようです。

江戸時代には、複数のルートが存在していました。

本道: 松本城下から木曽谷に入り、藪原から寄合渡を通って野麦峠を越えるルート。
山道: 松本から稲核を経て、入山、角ヶ平、大野川、平湯、久手村、はちが峠、足立を通過して高山に向かうルート。
安房峠ルート: 現在の国道158号のように、安房峠（現在はトンネル）を通るルート。

これらのルートの中でも、江戸時代中期以降は、野麦峠を通るルートが主に使われるようになりました。野麦峠は、冬には積雪のため通行が困難であり、10kmほどの峠越えに1日を費やすこともありました。そのため、江戸時代末期には峠に「お助け小屋」と呼ばれる避難所が設けられました。

現在では、松本から橋場、稲核を経て奈川渡に行き、そこから黒川渡、寄合渡、川浦を通って野麦峠に至るルートが、野麦街道の長野県側部分と考えられています。松本市と高山市を結ぶ道路は、現在では国道158号が利用され、安房峠の下を通過する安房トンネルが県境を越えています。

歴史

1724年（享保9年）: 『信府統記』に、「ひだみち」として本道と山道の経路が記述される。
1825年（文政10年）: 奈川村の庄屋が遭難防止用の石室を設置。
1841年（天保12年）: 飛騨郡代により野麦峠に「お助け小屋」が作られる。
1860年（万延元年）: 加賀藩が参勤交代の経路として野麦街道の利用を検討。
1870年（明治3年）: 通年通行可能な新淵橋が完成し、野麦街道の一部が梓川左岸を通るようになる。
1871年（明治4年）: 筑摩県が成立し、松本と高山を結ぶ主要な交通路となる。
1903年（明治36年）: 梓川左岸に道路が開削され、荷馬車が白骨、大野川まで通行可能になる。
1970年（昭和45年）: 野麦峠を越える自動車道が開通。

飛騨女工の通い道

近代になると、野麦街道は飛騨地方から諏訪の製糸工場へ働きに出る女性たちが通る道として知られるようになり、山本茂実の小説『あゝ野麦峠』で有名になりました。明治時代、日本では軍備増強のために生糸や絹織物の輸出が奨励され、多くの農村女性が製糸工場で働きました。彼女たちは、年末年始と盆の休暇に故郷へ帰省するために野麦街道を利用しましたが、雪深く厳しい道のりで命を落とす者も少なくありませんでした。野麦峠に置かれた石仏は、そのような少女たちを祀ったものです。1934年（昭和9年）に高山線が全通してからは、製糸女工が野麦街道を通ることはなくなりました。

通行量

江戸時代には、野麦街道の通行量はそれほど多くなかったようです。1848年（弘化2年）の記録では、夏の通行しやすい時期でも、1日に20人程度の通行人がいた程度でした。1827年（文政10年）の記録では、通行商人の出身地は信州、越中、大野（現松本市安曇大野）など様々でした。

番所

野麦街道には、飛騨側に上ケ洞口留番所、信濃側に川浦、大白川、橋場の4つの番所がありました。これらの番所は、幕府領、尾張藩領、松本藩の3つの領分にまたがっており、それぞれの領分で掟を守らせようとしました。番所は、五[[街道]]の関所にならい、女性の通過には厳しかったようです。

尾州岡船

奈川は尾張藩に属していたため、「尾州岡船」の鑑札を受けて中馬の仕事をしていました。岡船とは、中馬などの荷物運送業のことで、馬を使って荷物を運んでいました。しかし、野麦街道は険しいため、牛が主に使われました。

飛騨鰤

松本地方では、野麦峠を越えて高山からもたらされる鰤を「飛騨鰤」と呼び、貴重な食料としていました。元々は富山から高山に運ばれたものでしたが、松本地方で消費されることを見越して、越中で獲れた段階でより多くの塩で漬けられるようになりました。鰤は非常に珍重され、一匹で米一俵に相当する値段でした。飛騨からの鰤の輸送は、1902年（明治35年）に篠ノ井線が開通するまで続きました。

稲核、夏道・冬道

明治時代になり、現在の国道158号、長野県道・岐阜県道39号、国道361号にあたる道路が野麦街道として整備されました。この時に新設されたり、その後の国道整備で変更されたりした部分も多くあります。その一つが橋場（雑炊橋）－稲核間の3.5kmで、かつて梓川の両岸が切り立った岩石地帯で通行困難だったため、1903年（明治36年）に梓川左岸に道路が開削されました。また、橋場（雑炊橋）－波田間では、梓川右岸に「かぎかけ山」という険阻な場所があったため、冬の渇水期にのみ橋を架けていた「冬道」と呼ばれるルートがありました。1870年（明治3年）に新淵橋が完成したことで、このルートも左岸を通るようになりました。

遺跡

野麦街道沿いには、道標などの遺跡が残されています。1991年には、野麦峠の歴史を紹介する「野麦峠の館」が開館しましたが、2022年に閉館し、資料は隣接する「お助け小屋」に移設されました。

現存する旧道

長野県側のワサビ沢付近から野麦峠までは、旧野麦街道が当時のまま約1300m残されており、長野県史跡に指定されています。ただし、歩きやすくするために階段が設置されたり、転落防止柵が設けられたりしています。

お助け小屋

1841年（天保12年）に作られた遭難者救助施設で、現在は1978年に再建されたものが残っています。

石室

1825年（文政10年）に、奈川村の庄屋が作った避難小屋で、現在でも復元されています。

牛つなぎ石

松本市内の道路角にある石で、かつて荷物を運んだ牛をつないだ場所と言われています。ただし、市神のご神体であったという説もあり、真偽は定かではありません。

参考文献

奈川村誌編纂委員会『奈川村誌』
ロム・インターナショナル（編）『道路地図 びっくり!博学知識』
『安曇村誌』
『歴史の道調査報告書Ⅸ －野麦道－』長野県教育委員会
『南安曇郡誌』南安曇郡誌改訂編纂会

関連項目

日本の交通
日本の古代道路
国道158号
国道361号

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