長崎養生所

長崎養生所：日本初の西洋式近代病院

長崎養生所は、1861年（文久元年）に江戸幕府によって長崎に開設された、日本で最初の西洋式近代病院です。この病院は、単なる医療施設にとどまらず、医学教育の拠点としての役割も担い、その後の日本の医学発展に大きく貢献しました。この記事では、養生所の前身である医学伝習所、そして後身機関である精得館についても詳しく解説します。

設立の背景

1857年、長崎海軍伝習所の教官として来日したオランダ軍医ポンペは、幕府に医学教授を依頼され、長崎奉行所西役所内に医学伝習所を設立しました。これが日本における最初の西洋医学校です。彼は松本良順ら11名の幕府医官に医学講義を行い、日本の近代医学の基礎を築きました。

1858年には、コレラが長崎で大流行し、約28万人が亡くなるという甚大な被害が発生しました。この事態を受け、ポンペは長崎奉行所に対し、衛生行政の重要性と病院設立の必要性を強く訴え、その結果、1860年に養生所の建設が決定しました。

養生所の開設と医学所の併設

1861年9月、養生所（通称：小島養生所）が小島村の高台に開院しました。翌年には、大村町にあった医学伝習所もここに移転し、医学所として併設されました。初代頭取には松本良順が就任しました。

養生所は、地域住民に対する救恤診療を行う一方で、医学所では医学生の教育に力が注がれました。薬局、図書館、人体解剖室などが設置され、臨床医学の講義も行われました。1862年にポンペが帰国すると、後任として同じくオランダ軍医のボードウィンが教頭に就任し、医学教育を継続しました。

精得館への統合

1865年4月、養生所と医学所は統合され、新たに精得館と改称しました。この際、館内には化学教室である「分析窮理所」が新設され、オランダ人理化学者のクーンラート・ハラタマが招聘されました。この分析窮理所は、後の組織改革によって江戸の開成所、そして維新後には大阪舎密局へと移転しました。

明治維新後の変遷

明治維新後、精得館は新政府に接収され、1868年11月に長崎府医学校・病院へと改編されました。この改編には、長崎府判事であった井上聞多の献策が大きく影響しました。この長崎府医学校・病院が、現在の長崎大学医学部および長崎大学病院の源流となっています。

長崎でポンペやボードウィンから学んだ松本良順、相良知安、佐藤尚中らは、明治新政府が医学教育において、当時ヨーロッパ医学の主流であったドイツ医学を採用することに大きく貢献しました。

年表

1857年11月12日：医学伝習所が長崎奉行所西役所内に設立。
1861年9月20日：養生所（小島養生所）が開院。翌年、医学伝習所が移転し、医学所が併設。
1865年4月：養生所と医学所が統合され、精得館と改称。
1868年11月30日：長崎府医学校・病院と改称。

所在地

医学伝習所は設立当初、長崎奉行所西役所内にありましたが、生徒数の増加に伴い、大村町の高島秋帆邸内に移転しました。その後、養生所・医学所は小島郷字稲荷岳に開設され、「小島養生所」と呼ばれました。この小島校地は、精得館、長崎医学校、そして第五高等中学校医学部時代まで継承されました。

長崎養生所が登場する作品

『JIN-仁- 完結編』：「第六話 坂本龍馬の闇」で、主人公の南方仁が精得館で医学生に講義をする場面が登場します。教授としてアントニウス・ボードウィンも登場します。

関連文献

長崎大学医学部『長崎医学百年史』1961年
中西啓『長崎のオランダ医たち』岩波新書、1975年／岩波書店、1993年。
中西啓『シーボルト前後　長崎医学史ノート』長崎文献社、1989年
中西啓 「長崎養生所」『洋学史事典』 雄松堂出版、1984年
改訂新版『洋学史研究事典』 洋学史学会監修、思文閣出版、2021年
山下二 「医学伝習所」『長崎県大百科事典』長崎新聞社、1984年
松浦潤 「精得館」 同上
中西啓 「養生所」 同上
武野要子 「長崎養生所」『国史大辞典』第10巻 吉川弘文館、1989年
長門谷洋治 「長崎養生所」『日本史大事典』第5巻 平凡社、1993年
石田純郎 「長崎養生所」『日本歴史大事典』第3巻 小学館、2001年

脚注

関連項目

長與專齋 - 精得館時代は医師取締（医師頭取）、長崎医学校時代には学頭を務めた。
長崎英語伝習所

外部リンク

長崎大学医学部
長崎大学医学部医学科
* 長崎大学学術研究成果リポジトリ - 中西啓『長崎医学の百年』がDL可能。

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