阿部正喬

阿部正喬：江戸中期の名門忍藩主、老中としての生涯

阿部正喬（あべ まさたか）は、江戸時代中期に武蔵国忍藩（現在の埼玉県行田市周辺）を治めた大名であり、幕府の老中としても活躍した人物です。忠秋系阿部家の4代目として、激動の時代を生き抜きました。

生い立ちと藩主就任

寛文12年（1672年）に、忍藩主・阿部正武の嫡男として生まれた正喬は、早くからその才能を示しました。元禄12年（1699年）には、家督を継ぐ以前に奏者番、寺社奉行といった要職を歴任し、武蔵国と相模国内で1万石を与えられ、諸侯の仲間入りを果たしました。宝永元年（1704年）に父の死去に伴い家督を相続、10万石の藩主となりました。この時、弟の正晴に新墾田5000石を分与し、兄弟で領地を分け合いました。しかし、以前領していた1万石は幕府に収公され、奏者番と寺社奉行の職も解かれることとなりました。

老中としての活躍

宝永7年（1711年）、正喬は老中に任命され、幕政の中枢に加わります。老中在任中は、正徳金銀鋳造の総奉行（1714年-）、7代将軍徳川家継と八十宮吉子内親王の婚姻の総奉行（1716年）、長州藩と徳山藩の間の争論（万役山事件）の審議など、多岐にわたる重要な任務を担いました。しかし、享保2年（1717年）、享保の改革の直前に老中を辞任し、その後は藩政に専念することになります。

藩政と財政難、そして天災

正喬の時代から、忍藩は徐々に財政難に陥るようになります。寛保2年（1742年）には、利根川と荒川の決壊による大洪水が藩を襲い、10万石の領地のうち6万石が収穫不能となる未曾有の被害を受けました。これにより、幕府から1万両の借金を余儀なくされるなど、藩の財政は深刻な状況に陥りました。この災害は、江戸時代を通じて忍藩を襲った最大の被害となりました。

隠居と晩年

藩主として44年が経過した寛延元年（1748年）、正喬は隠居を決意します。長男の正秋は病気のため廃嫡、三男の正直は正喬に先立って死去、五男の正敏も若年であったため、実弟で分家の旗本であった阿部正晴の長男、正允を養嗣子として迎え、家督を譲りました。寛延3年（1750年）、正喬は79歳でその生涯を閉じました。

人物像と評価

阿部正喬は、幕府の要職である老中として、また忍藩の藩主として、その時代を力強く生きた人物です。幕政においては、正徳の貨幣改革や将軍の婚姻といった重要な事業に関与し、藩政においては、財政難や天災に見舞われながらも、藩の立て直しに尽力しました。彼の生涯は、激動の時代を生きる大名としての苦悩と、その中で示した決断力と行動力を物語っています。

略歴

1672年（寛文12年）：誕生
1680年（延宝8年）：徳川綱吉に初謁見
1699年（元禄12年）：奏者番に就任
1699年（元禄12年）：寺社奉行兼任、1万石拝領
1704年（宝永元年）：忍藩を相続、奏者番・寺社奉行辞任
1707年（宝永4年）：初めて忍藩領へ赴く
1711年（正徳元年）：老中に就任
1717年（享保2年）：老中を辞任
1748年（寛延元年）：隠居
1750年（寛延3年）：死去、享年79歳

官位

1686年（貞享3年）：従五位下 出羽守
1692年（元禄5年）：飛騨守
1709年（宝永6年）：従四位下
1711年（正徳元年）：豊後守
1711年（正徳元年）：侍従

系譜

父：阿部正武
母：井伊直澄の養女（井伊直縄の娘）
正室：井伊直興の娘
側室：草本氏
子:
奥平昌成正室
阿部正秋
阿部正乗
阿部正直
阿部図書
阿部正敏
阿部銕之助
阿部要之丞
養子、養女:
阿部正允
宝蓮院
阿部正直の娘
井伊直存室

参考文献

工藤寛正編『江戸時代全大名家事典』東京堂出版、2008年。
* 続群書類従完成会『新訂寛政重修諸家譜』第十、八木書店、1969年。

もう一度検索